第9話 宝石は考える
翌日。さっそくイアリアはナディネの指導の下、魔力が魔石に変わる原因を調べ始めた。と言っても自分でできる範囲では既に調べているし、その結果を伝えた上で、ナディネが見ている前で魔法を使ってみるだけだが。
弟子バカだとなんだとの言いながらも、イアリアはナディネの魔法使いとしての腕前は確かなものであることを知っている。なので、そうかからず原因が判明するだろう、と、ある意味とても気楽に構えていた。
「……おかしいわね~。お弟子にも契約相手にもおかしいところはないのだけど……」
の、だが。のんびりと朝食を食べてからの調査が始まって1時間ほどしたところで、実に不穏な呟きがナディネからこぼれた。
ナディネが動いたのであれば解決したも同然、と思っていたイアリアからすれば、不吉極まりない。何故ならナディネは世界最高の魔法使いである「
「えっ。師匠、分からないなんてまさかそんな事は……」
「まだ魔力の流れを確認しただけよ? とりあえず表面上の異常はないわね~」
「……私、しっかり魔法を使うつもりで魔力を扱っているのだけど」
「そうなのよね~。お弟子の魔力自体も、魔力の流れも、前と変わらないから……結果だけが違うとなると、どこからか干渉がある、というのが普通なのだけど」
うーん、と何かを確認しながらナディネが視線を、少し離れたところに向けた。その視線をイアリアが追うと、その先にはリトルがいる。大人しく見学していたようだが、2人分の視線を向けられると、くり、と首をかしげて見せた。
「……まぁ、契約をしている以上、影響がある事は避けられないわね~。でもそうならそうで、お弟子はそもそもお弟子になってないだろうし~」
「そうね。そもそもの入学が出来ていないわね」
そんな師弟の会話で、ようやくリトルは自分が疑われている事に気付いたようだ。羽をわさわさと動かしているのは、抗議しているのだろうか。
実際問題、リトルとの契約によって魔力が魔石になるのであれば、イアリアは魔法使いではなく、魔石生みとして貴族の所に連れていかれていただろう。だから、契約そのものに不備は無い筈だ。
逆にイアリアの魔力が魔石になるようになったあの日は、特段これといって何もない日常だった。もしそこで何らかの干渉があったとしても、今度はリトルの方にそんな干渉を行う理由がない。
「流石に、属霊との契約を一時とはいえ遮断する訳にはいかないから、そもそも確認できないっていうのも確かだし。とりあえず一応は無罪という事で話を進めようか~」
「ピュイッ! ピュイィッ!」
「リトル。抗議するのはいいけれど、その場合はしっかりした対案を出して頂戴」
「ピュッ……」
やってない! とばかりばさばさ翼を羽ばたかせるリトルだが、イアリアが正論を突きつけると黙ってしまった。その反応から、自身と契約している属霊であるリトルにも原因は分からないらしい、と判断するイアリア。
しかしこのまま手詰まり、という訳にもいかない。何せイアリアの魔力はいまだに底が見えないのだ。そしてイアリアが魔石生みになったことを、もう学園側は把握している。何せ、これ以上ない証拠を残していったのはイアリア自身なのだから。
だから魔法使いに戻れなければ、魔石生みとしての末路へ一直線だ。それだけは回避しなければ、このほぼ丸1年というもの、逃げ回っていた旅の意味が無くなってしまう。
「……まぁ、全くの無意味ではないかしら」
と、思ったイアリアだったが、僅かにその考えを改めることにしたようだ。何故なら、現在のナディネには「両腕」がある。少なくとも、貰った愛情の一部ぐらいは返せただろう。
しかし、その程度で満足して死ねるほどイアリアは人生を悲観していない。だから何としても、師匠であるナディネには原因を解明してもらわなければならないのだ。
「で、師匠。もっと詳しく調べる方法はないの? 具体的にはっきり原因が分かりそうなものであればなおいいわ」
「…………絶対にやりたくないけど、今すぐ出来る方法が1つと~。全然問題ないけど、ものすごく難しい方法が1つかな~」
方法はある、と聞いて、1つ頷いたイアリア。この時点で、大体今すぐ出来るがナディネが絶対にやりたくない方法には当たりがついた。
「今すぐ出来るならやりましょう、師匠」
「やだ」
「やだじゃないわよ。ほら、受ける私がいいって言ってるんだからはやく」
「やだ! だって絶対お弟子が痛いもん!」
「痛いぐらいどうという事はないわよ」
「やだー!」
「魔力接続でしょう? 痛いと言っても師匠なら全身が違和感を這い回る程度で済むじゃない」
「やだっ! お弟子が痛かったり気持ち悪くなったりするのはやりたくない!」
弟子が非常に不快な思いをするという一点で手段を1つ躊躇いなく捨てる師匠も師匠だが、全身に異物感とそれに伴う痛みが回るというのに躊躇いなくその手段を選ぶ弟子も弟子だ。
なお具体的な方法としては、術者の魔力を相手の体内に流し込む事で走査する、となる。ナディネほど魔力の扱いに習熟していれば、確かに痛みは抑えられるだろうが、それでも他人の魔力が体内に入る異物感はどうしようもない。
……が。イアリアはナディネに慣れている。嫌だ、と言ったら、その意見を変える事はまずない。今回の場合、他に方法があるから余計だろう。と、判断するイアリア。
「…………仕方ないわね。じゃあ師匠、もう1つの方法は何なのよ」
なので早々に一旦言い合いを止め、もう1つの方法の確認に移った。これが本当に実質不可能なものであれば、もう一度説得にかかるつもりだ。
一転、今度は悩まし気に目を伏せたナディネがあっさりという事には。
「何かの干渉があるとして、それを特定すればいいのよね。だから、お弟子の他にあともう1人いれば分かると思うんだけど~……お弟子と同じ状態になってて、しかも事情を説明せずに魔力を含めて全身調べまわっていい人間なんて、そんな都合よくいないわよぅ」
「……」
なるほどそれは確かに。……と頷きかけて、イアリアはちょっと動きを止めた。なんだろう。とても、そんな非常に都合の良い人間を知っているような気がする。
ちら、と顔を上げる。でも絶対お弟子が痛い事はやらないぞ、と徹底抗戦の構えを見せる、見事な金髪と琥珀色の、黒い魔女姿の女性。世界最高の魔法使いたる、「
彼女が欲しいと言えば、大抵のものは手に入る。ただそこに居てもらう為だけに、国という最大権力が全力を尽くすからだ。
「…………師匠」
「どうしたの、お弟子?」
だから。普通は絶対に手に入らないようなものでも、イアリアの師匠、ナディネであれば、手に入れることは容易だ。それがどんな物で、あるいは者であっても。
「たぶん、師匠なら問題ないわ」
「何が?」
「その、馬鹿みたいに都合の良い人間を、ここに連れてくる事」
「えぇ?」
そう。例えば。
…………魔法使いも関わる重罪を犯し、自らは魔法使いから魔石生みとなった、貴族籍を持つ元神官長の身柄、とかでもだ。
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