第10話 宝石は待つ

 マッテオ・ジェイ・ラッチフォード。

 ラッチフォード子爵家に属する貴族であり、三男という事で若くして神官になった、水属性の魔法使いである。その性格は温和であり、非常に善良な個人と言える。

 その性格と貴族として生まれ持った魔力から神官としての位を順当に上げていき、最終的にはカリアリという塩づくりが盛んな港町にある、水霊獣を信仰する神殿において、神官長の立場についていた。



 ただしその神殿に神官長として赴任後しばらくして、魔法使いから魔石生みへと変わっている。本人はそれを隠して水属性の魔石を海へ大量投棄し、そのせいで周辺の環境が変化。海が河を逆流したり、森に不自然な水場が大量発生したりといった異常が発生する。

 その異常の1つである非常に深い水場から、非常に純粋な水だけがある地下水路で生まれ育ち、魔力のみを食べて生きるグラウンドウォーター・カープという魚を釣り上げて以降は、その魚に魔石を与えていた為、変化はその時点で止まったようだ。

 そしてグラウンドウォーター・カープは、その身を食べれば魔力が得られ、魔力を保有する量も増えるという特徴があった。水属性の魔力ばかりを魔石の形で与える内、その色を青く変化させたグラウンドウォーター・カープは、マナの木と同様、魔力を与える事で無茶な再生が可能となった上、必ず水属性の魔力を与えるという変化が起こる。



 元神官長のマッテオはこの性質を利用し、同じ神殿に配属されていた神官、並びに理由をつけて引き取った子供達にグラウンドウォーター・カープの身を与えて魔法使いに変え、自身の魔力の消費を加速させていた。

 また魔力の消費を目的として大量の人工生命体である使い魔を作成、周辺環境に放って探索させ、真珠や珊瑚、遺品や遺失物となる貴重品を集めて溜め込んでいたことも確認されている。

 国に報告せず魔法使いを個人で囲う事、性質の変わったグラウンドウォーター・カープの秘匿、個人の私財としては大変不適切な財宝、大量の使い魔を作成し武力を得た事。これらを合算した結果、どうやら極刑よりなお恐ろしい罰が下された、と、イアリアは小耳に挟んだ。


「……その非常に重い罰があるだけに、「資源」ではなく「重罪人」として扱われているとは、ある意味皮肉かしら」


 罪人、とはいえ、人の字がついている。ならば資源よりはマシだろうと、何とも言えない顔になってしまうイアリアだ。何故なら、魔石生みは資源である。資源なのだから、人間どころか生き物としてすら扱われない。それが、決して無視できない罪を背負う事で、最低限にめり込んでいるとはいえ人間として扱われるとは……。


「なんというか、本当にただの都合なのね、っていうのをまざまざと感じるわ」


 そして一応は人間として扱われている元神官長であるマッテオ。扱いが人間である為、「永久とわの魔女」であるナディネであろうとも、諸々の手続きが必要だという事になったらしい。

 なので現在、イアリアは留守番である。もちろん学園側にはイアリアが魔石生みに変わった事を把握されているし、恐らくはイアリアが戻ってきている事も把握しているだろう。

 正直に言って危険地帯の真っただ中にいるも同然なのだが、それでもナディネの実力という名の威光は強い。


「師匠の研究棟からさえ出なければ、手を出される事は無い、というのは、本当に良かったわね……」


 というか、自分の弟子に関しては大変過保護なナディネが、研究棟に自身と自身の弟子以外の出入りを禁止する結界を重ねて設置していったのだ。元々どこの要塞だというほどの防御魔法が重ね掛けてあるのに、そこに更に追加した形となる。

 そしてナディネはほとんどこの研究棟から出る事はなく、学園側としてもナディネにあまり自由に出歩かれては困る理由でもあるのか、研究棟というには十分すぎる設備が整っていた。水も火も、魔力もしくは魔石がある限りは動き続ける高級品だ。

 なので籠城するには全く困らない。問題があるとすれば食料ぐらいなものなのだが、そちらもそれなりの量が備蓄してある上に、イアリアが持ち込んだ分がある。


「あら、おかえりリトル。また結構な大物を仕留めてきたわね」


 しかもその上、イアリアの手の平に乗ってしまうような大きさの丸い梟、タイニーオウルの見た目をした、実際は属霊という創世の女神の眷属、その一番端っこに属する存在が宿った「魔物化した魔化生金属ミスリル」であるリトルが、近くにある森から、自分の倍以上ある兎や魚を狩って持ち帰ってきていた。

 魔力を扱う事が出来るリトルは、どうやら元から鳥に属する姿をしているだけあって、風の魔法が得意らしい。今日は結構な大きさの雉を仕留めたらしく、羽音もなく飛んでくるその後ろにぐったりした状態で浮いている。

 ナディネは魔薬の作成も行っている為、研究棟のすぐ近くであり、結界の範囲内には畑もあった。その端っこで野菜も育てていたりする。それこそ年単位でも引きこもっていられる状態がそこにはあった。


「……本当に。早く師匠帰ってこないかしら」


 一応イアリアにも、自分がその罪を背負った経緯に大きくかかわっている以上、気まずいという感情がなくはない。

 だが利用すると言ってもその方向が、魔石生みを魔法使いに戻すものであり。イアリアは騒動に巻き込まれただけであって、罪は元々犯していたものである事。あとは単純に、ナディネがいた方が自分の身が安全である、という事で、しっかりと警戒しながらナディネの帰りを待つ、大人しい日々を送るのだった。

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