第11話 宝石は対処する
やはり人間、それも貴族が相手だと色々手続きが面倒なのか、2週間が経過してもナディネは戻ってこなかった。
流石にそれだけ長い間留守が続けばしびれを切らすのか、あるいは留守なら組みやすいとみるのか、研究棟へと干渉しようとする人間も増えてくる。イアリアは細心の注意を払って姿を見せないようにしているにも関わらず、イアリアを名指しで呼びつける声や手紙も届いていた。
「まぁ、私がいくら気を付けたところで、あの脳筋が何も考えず全部喋ってしまうだろうから、意味はほとんどないのだけど」
秘密、という言葉を知っているか、と定期的に襟首をつかんで前後に揺さぶりたくなる兄弟子ハリスの顔を思い浮かべ、イアリアはごっそりと届いて山になっている様々な書類や手紙に、深々と息を吐いた。
出自不明のナディネを除けば、あの非常に体格が良く声もそれに比例して大きな魔法使いが、3人いる弟子の中では最も出自が確かな貴族だというのだから、イアリアは世界の理不尽さを感じざるを得ない。イアリアとハリスを並べてどちらがより貴族らしいかと問えば、10人が10人ともイアリアだと答えるだろう。
サルタマレンダ伯爵家に引き取られた際、イアリアはみっちりと家庭教師による教育を受けている。それに加えて、2人いた戸籍上姉にあたるうちの1人が大変と「教育熱心」だった為、やろうと思えば一部の隙も無い伯爵令嬢を演じる事も出来るのだ。
「……本当に。学園に来て、周りのマナーや所作を見なければ分からなかったけれど、明らかに過剰な「教育」だったわね……」
あれは伯爵令嬢ではなく、それこそ公爵令嬢や王族に求められるレベルだろう。……というのをイアリアが知ったのは、外の世界であるところのザウスレトス魔法学園に入学してからだ。
自分の名前も書けないような平民に何を叩き込んでくれたのか。本当に厳しい「教育」だった為、イアリアが抱く感情は感謝や尊敬ではなく、嫌悪だ。しかもその所作やマナーが身を助けたかと言えば、そうでもない。嫌味のレパートリーが1つ2つは減ったか、程度のものだったので、そもそも貴族に興味のないイアリアが、ありがたみなど感じる訳がなかった。
そこまで考えて、イアリアは緩く頭を振った。ともかく、今は目の前の手紙と書類の山をどうにかしなければならない。そう切り替えて、まずは、何かがぐるりと彫り込まれている、白と黒が混ざり合った魔石を取り出した。
「とりあえず、各種いたずらの解除、と」
それを、ぽい、と山になった紙の束に放る。しゃん、という軽い音と共に魔石が砕けると、紙の束から様々な色の光の帯が噴き出した。
さほどなく魔石の欠片とともに消えていったが、そのほとんどが澱んで濁った池の水のようにどす黒いものだ。明らかに悪意を持って仕込まれた魔法を雑に解除してから、イアリアは一応全ての書面に目を通し始めた。
その内容のほとんどが、上から目線の命令調で、イアリアをナディネの研究棟から呼び出す為のものだ。中には学園からのものもあったが、イアリアは流し見てぽいぽいと捨てていく。
「馬鹿ね。私が師匠の許可と庇護無くここを離れる訳がないじゃない」
最後の一通まで目を通し、学園からのものにだけ「師匠の許可を得てから来い」という内容を、大変丁寧かつ貴族的な言い回しにした返事を書く。もちろんイアリア自身が出す訳ではない。2人いる兄弟子に託すのだ。
とはいえ、ハリスはそういう意味ではあまり役に立たない。酷い言いようだが、下手に接触させて言質を取られては困るのだ。主にイアリアが。その辺、悪意がない分だけ性質が悪い。
なのでイアリアが主に頼っているのは、もう1人……ジョシアという兄弟子の方だった。こちらもイアリアと同じく養子の筈だが、貴族らしい所作と振る舞いがしっかりしている為、こういう悪意のある対人関係への対処では非常に頼りになる。
「本当に。生粋の貴族はハリス兄様の筈よね?」
逆なのでは? と、割と常日頃から思っているイアリアだが、もうこれは個人の性格と資質としか言えないだろう。
なおそのジョシアからは、その本性と外面の切り替えが非常に鮮やかだという事で、こちらはこちらで本当に養子なのだろうか、と思われていたりするのだが、それはイアリアの与り知らぬことだ。
「そうだわ。ついでに塩と砂糖も持ってきてもらおうかしら。まだ余裕はあるけれど、この分だとそう遠くない内にその辺も制限されかねないのだし」
当たり前だが、身分的には全員貴族である。そして貴族における女性とは男性に従うものであり、口答えをする事もめったにない。口答えどころか普通に口げんかで言い負かし、自分が自由に動けないからと便利にほいほいと物を頼むなんて事は、絶対にありえないのだ。
……なお、平民は平民で男尊女卑の傾向が強い為、よほど女性の方が強く、男性がそれを受け入れている状態でもなければ、女性のいう事に男性が従うという事は起こりえなかったりする。
ナディネという色んな意味で最強の女性がいるからそうなったのか、イアリアの元々の性格がそうだったのかは不明だ。
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