第12話 宝石は断る

 師匠であるナディネの不在を盾に、意訳すると「出てこい」となる手紙や要請を全て断っていたイアリア。中には断ると後が怖い人物の名前で出されたものもあったのだが、そういうものは一切関係ないとばかり、ある意味平等に却下し続けていた。

 のだが。主にその手紙をもらってきて、ごく一部のどうしても返事を出さざるを得ないものに対する返答を持って行ってもらう兄弟子ジョシアは、そこまで思い切りよく思えなかったらしい。


「ねぇ妹弟子。イアリア。これは流石に断ったらまずいと思う。というか、これは大丈夫なんじゃないの?」


 また今日もごっそりと束になるほどの紙を持ってきた、こちらも何気に年齢不詳の金髪碧眼、細身にゆったりとした白いローブを着た見た目は若い男性、兄弟子ジョシアは、一枚の手紙をひらひらと振って見せた。

 眉間にしわを寄せながらイアリアは受け取り、宛名を確認する。


「全力でいらないわね。というか、他を受けてもいい場合でもこれだけは却下するわ」


 ぺい、と、そのまま中身も見ずにゴミ箱へと放り込んだ。魔力の気配がない事は確認しているが、それでも随分な扱いだ。恐らく魔法が使えていれば、この場で燃やしていただろう。

 そしてさっさと他の手紙を含む書類の仕分けに戻ったイアリアに、ジョシアはあきれた声をかける。


「おいおい。一応お前の本来の生家だろう」


 ……手紙の宛名は、マケナリヌス男爵家。本来の生家、というジョシアの言葉通り、イアリアが、サルタマレンダ伯爵家に引き取られる前に籍を置いていて、初めて貴族籍を取得した男爵家だ。

 なので書類上は本来の生家であっているのだが、イアリアがマケナリヌス男爵家に抱いている感情は、到底そんな温かなものではない。


「名前を見るだけで反吐が出るわね。私にとっては家族と故郷の仇よ」

「……あー……そうか。元は平民だったな。なるほど」

「少なくとも一度は説明した筈なのだけど?」

「すまんすまん、興味が無かったからつい忘れてた」


 イアリアは本来、田舎の小さな村の出身だ。だが今現在その村は地図から消えているし、実際に行ってみても、そこにあるのはとっくに自然に飲まれた跡地とも呼べないような場所でしかない。

 何故なら、イアリアが魔力を持つ魔法使いだという事が知れた直後、盗賊の一団に襲われたからだ。村にも近くの森にも火が放たれ大惨事になったのだが、これの裏で糸を引いていたのがマケナリヌス男爵である。

 もちろん理由は、魔法使いであるイアリアを自らの養女にする為だ。もっというのであれば、そのために本来の家族へ支払うべき謝礼を節約する為だった。


「貧乏貴族だからと言っても、やっていい事と悪い事ぐらいはあって当然じゃないの」

「まぁ貧乏貴族なら、魔力の多い魔法使いは何としても欲しかったんだろうな。ちゃんと軍属になったら相当な給料が支払われるから」

「それすら待てなかったから、私は伯爵家へ売り払われたのだけれどね」

「言い方がすさんでるなぁ」


 という事で、イアリアが貴族嫌いになった原因の1つ、あるいは1人であるのは間違いない。なお、イアリアはマケナリヌス男爵家が貧乏な理由は知らない。

 ……男爵家の領地は、そこに住んでいたイアリアが言うのもなんだが耕作に向いておらず、かといって森の恵みが豊かでもないという色々寂しい土地なので、貧乏であっても何も疑問はないのだが。


「ところで、サルタマレンダ伯爵家の紋章が付いた手紙もあるんだけど」

「却下よ」

「いいの? これ、たぶん当主からの正式な手紙だけど」

「他人の事どころか身の回りの物を全てお金換算でしか考えられない相手からの誘いなんて受ける訳がないわ」

「うわぁ。……師匠に会う事で、人脈的な運の一生分を使い切ったんじゃないの、イアリア」


 こちらもイアリアが貴族嫌いになった原因の1つだ。小物の1つに至るまでどころか、家庭教師の教えを受けた時間すら金額換算して、わざわざイアリアに面と向かってどれほどの金額がかかっているかを告げていたので、正直にいってかなり辟易している。

 しかも学園に入学してから数度あった時も、入学にかかった費用なら可愛いもので、サルタマレンダ伯爵家にあるイアリアの部屋の維持費の話ばかりをするとなれば、大抵の人間は顔を合わせたくなくなるだろう。


「しかし、サルタマレンダ伯爵がそんな守銭奴だったとは知らなかったなー」

「身内と書いて商品と読む人間なのだから、当然外面ぐらいは完璧に使えてしかるべきよね」

「うーんこの。まぁ見てる分には面白いからいいんだけど」


 魔力の気配がする書類を仕分け、仕掛けてある魔法を解除する為に、魔法陣を彫り込んだ魔石を投げつけるイアリア。ぶわ、と上がる光の色は、今日も変わらず嫌な気配しかしない。

 ……あえて無視したが、師匠であるナディネに出会って弟子になる、という部分で、一生分の人脈的な、あるいは出会い的な運を使い切った。それに関しては、実はあんまり強く否定できないイアリアだった。

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