第13話 宝石は頭を抱える

 師匠のナディネが、元魔法使いの現魔石生みであるマッテオの身柄を引き取るために研究棟を留守にし始めてから、3週間が経過したころ。


「言い訳を聞きましょうか、ハリス兄様」

「そうだね、ハリス。今回はどう頑張ってもお前が悪いよ」

「何故だ!?」


 イアリアは兄弟子のジョシアと共に、もう1人の兄弟子であるハリスを椅子に座らせ、その膝の上に石と土を詰め込んだずっしりと重い木箱をのせた上で、その正面から冷ややかな視線を向けていた。

 その手は背もたれの後ろでしっかりと縛られ、足も椅子に括り付けられている上、椅子もロープも魔法で相当に強化されている。きっと魔物となった熊でも、このロープを外したり椅子を壊す事は出来ないだろう。

 明らかに人間にするには過剰な拘束なのだが、相手が身体強化を扱え、そもそもの肉体も鍛え上げている魔法使いの例外なら話は別だ。ちなみに、何故イアリアとジョシアがここまで厳重な対応をしたかというと。


「俺はイアリアの姉が話をしたいと尋ねてきたから客間に通しただけだぞ!?」

「それが最悪だと言っているのよ。本当に話をこれっぽっちも理解していなかったわね、この脳筋」

「何故だ!?」


 現在このナディネの研究棟には、ナディネ自身によって結界が重ね掛けられ、ナディネとその弟子しか出入りが出来ないようになっている。

 だがそれでは流石に不便なので、ナディネかその弟子達が直接同行したり許可を出した相手は通れるようになっている。イアリアの使い魔にして契約相手であるリトルが自由に出入りしているのは、この為だ。



 ここで前提条件を確認しよう。現在位置であるこの場所はエルリスト王国の中央やや西に位置する街であるフリトゥトイ、その中にあり主でもある魔法使い養成機関、ザウスレトス魔法学園だ。

 イアリアは1年ほど前に学園を脱走したのだが、ナディネの素早い判断と行動により「長期課外学習」に出ている扱いとなっていた。つまり、学園外での活動を師匠の名前に置いて許可された形だ。

 そしてザウスレトス魔法学園は、魔法使いの養成機関である。なのでイアリアが魔石生みになっている事が公に知られれば追い出されるのは間違いなく、追い出された先はイアリアが学園を脱走してでも避けたかった未来一択である。



 だから、イアリアが学園内にいる、という事自体を秘匿する必要があり、その為には、イアリアに対する客人を招き入れる等言語道断、という訳だ。


「何故だ?」

「こっちが聞きたいわよ。どうして今の説明を聞いて分からないの?」

「家族なら何も問題ないだろう。生きているの一言ぐらい自分で言ったらどうだ!」

「この馬鹿には何を言っても無駄だったわね」

「兄弟子に向かって馬鹿とはなんだ!?」

「ハリス。お前にはがっかりだよ。ここまでくると面白みの欠片もない」

「面白みとはどういう意味だジョシア!!」


 ……まぁ、そもそもイアリアがここにいる、という事が、少なくとも公然の秘密になっているのは、このハリスのせいなのだが。何せこの調子で、何でも正直に、誰に対してもある意味平等に、話をしてしまうので。


「私、もしかしてこの筋肉馬鹿にいつの間にか殺したいほどの恨みを買っていたのかしら」

「イアリア。気持ちは分かるけど、そこまで恨めるほどの頭もないよ」

「それもそうね」


 魔法使い以前に、人間としてどうなのだろう、という思考回路をしているハリス。よく今まで生きてこれたものだ、と、人生に苦労しているジョシアとイアリアはかなり本気で不思議だったのだが、今の問題はそこではない。


「仕方ない。何とか言いくるめてこよう。イアリアが散々恨み節を言っていただけはあるお小言使いだから本当はやりたくないんだけど」

「でもそれしかないわよ。私はこの馬鹿に理解させられる方法を考えておくわ。流石に一度覚えたことは忘れないから、一度覚えさせればいいだけマシだもの」

「何と比較してマシと言っているのかは聞かないよ。それじゃあ行くか~……」


 早く師匠が帰ってこないだろうか。内心の声をぴったりと揃えて、ジョシアとイアリアはそれぞれ動き出した。イアリアはこの、今に至っても全く自分が何をやらかしたのか自覚のない筋肉馬鹿、もといハリスに、現状がどれだけマズいのかを教え込む為に。

 そしてジョシアは、ハリスが招き入れてしまった招かれざる客、サルタマレンダ伯爵令嬢を、可能な限り穏便に追い返す為にだ。なおこの際、イアリアに関するあらゆる言質を取られてはいけない。


「……本当に疑問なのだけれど。ハリス兄様、正真正銘の貴族なのよね?」

「もちろんだ!!」

「じゃあ、貴族としての教育もちゃんと受けてきたのよね?」

「当然だ! 家庭教師からも覚えが良いと太鼓判をもらっているぞ!」

「ちなみに、科目は?」

「剣術だ!」

「私は学科の話をしているのだけど」

「学科? あんなもの本の内容を覚えれば済む話だろう?」

「今、心底から最大威力の魔法を叩き込みたくなったわ」

「何故だ!!??」


 まぁイアリアはイアリアで、この無自覚に才能を振り回す兄弟子に対し、大変とイラつきながら長時間話をする必要があるので、どちらが大変とは一概に言い切れないかも知れないが。

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