第14話 宝石は戦意を研ぐ
何とか状況を理解してくれた。……とは到底言えないのだが、まぁ、それでも、一応、イアリアがここにいるという事は秘密にしなければならない、という事ぐらいは理解してもらえたのではないだろうか……という段階で、イアリアはぐったりと疲れ切っていた。
なおその段階になっても、イアリアの戸籍上の姉……のどちらかは分からないが、小言が多い、の一言があったので、恐らく上の姉だろう……を、可能な限り穏便に追い返しに向かったジョシアが戻ってきていないので、あちらはさらに難航しているようだ。
とはいえ、それがイアリアに関する事なのだから、イアリアに出来るのは気配を消して奥に引っ込み、大人しくしている事ぐらいなのだが。
「……後でジョシア兄様の好きなクッキーでも焼いておかなければいけないわね。ハリス兄様には辛くて酸っぱい薬草クッキーだわ」
何だかんだ言いつつ、若い男にとっては食べるものが一番効果がある。ハリスはともかくジョシアは実際のところどうなのかは分からないが、花より団子の言葉通りに食べるものを一番喜ぶので、特に問題はないだろう。
なのでイアリアはハリスの膝の上に乗せていた木箱だけを降ろし、後ろ手に縛った状態はそのまま、すっかり寝起きの場と化している仮眠室へと引っ込んだ。研究棟には簡単とは言えない台所があるのだが、そこへ行くには客間の前を通らなければならない。
場所も近いので、万が一来客であるイアリアの戸籍上の姉が気配を察して顔を覗かせると、ジョシアの頑張りが無駄になる。では何をするかというと。
「魔石の形では保管できないのだから、魔薬にするしかないわよね」
対人、対物、対魔物の全てを含む、戦闘用魔薬の作成だ。明らかに過剰火力なのだが、イアリアは常に身に着けている内部空間拡張機能付きの鞄、マジックバッグに限界まで詰め込もうとするかのように魔薬を作る手を止めない。
なおこのマジックバッグ、様々なオプションが山盛りついている上に内部の空間はちょっとした倉庫ほどもあるという、ただでさえものすごくお高いマジックバッグとしてもかなり良いものだったのだが、弟子が可愛くて仕方がないナディネの手により、更にその内部空間が拡張されていたりした。
恐らく今なら、それこそ立派な2階建ての建物ぐらいなら入ってしまうのではないだろうか。そしてその中に次から次へと詰め込まれていく戦闘用魔薬。はっきりいって、個人の携帯する武力ではない。
「……あの自称お父様の事だもの。いつ強引な手段を使ってきてもおかしくはないわ」
の、だが。イアリアの認識としては、個人で貴族の家との戦争も起こりうる、という状態だ。なのでいくら作っても足りない、という判断になる。
この前提条件の時点ですでに十分おかしいのだが、この世界において、貴族とはかなりの確率で魔法使いだ。魔法使いの相手は魔法使いにしか務まらない。何故なら魔法と言うものは、現実を上書きするものだからだ。いくら現実でどんな火力を出そうとも、上書きされればそこまでである。
……その、魔法使いを相手に戦おうというのだから、輪をかけてイアリアの判断はおかしい。普通は戦いどころか、時間稼ぎすらできない。それが魔法使いというものだ。
「師匠が来てくれるまで逃げ回って耐えるだけなんだから、それぐらいは何とでも出来るようにしておかないと……」
繰り返すが、普通は魔法使いと魔法なしで戦おうという時点で、勝率は僅かにもない無理無茶無謀である。
しかし、イアリアは色々な意味で普通ではなかった。その底がないような魔力は、魔石という形にしかならずとも健在であり。師匠として個人指導を受ける相手は世界最高の魔法使い「
そして何より、本人が自分の弱点を分かっていて、相手の強みも理解した上で、確実に勝ちを獲れる戦術を練り上げられる頭脳があった。一応弱点と呼べそうなものはその小柄で細い体格故の体力のなさだったが、それも約1年の冒険者生活でかなり改善している。
「……戦力を分析するのは必要だから仕方ないけど、それでもあの自称家族の事を思い出したら色々腹が立ってきたわね」
その上、過去の生活と仕打ちによる恨みも十分であり。何より、やられたらやりかえす事を当然とする思考がイアリアにはあった。周辺被害の事を考えて自制する程度の良識も備えている為、ここまでは大事にならなかったが。
だが。今のイアリアは、諸々の積み重ねを含めた状況の変化により、若干その辺の箍が外れている。何より今の状況でイアリアが覚悟を決めてしまった場合、止められるのは師匠であるナディネだけだ。そしてそのナディネは現在留守である。
「何なら逃げるついでに、周りの迷惑にならない別荘ぐらいなら吹き飛ばしてしまってもいいかしら。そこまでいかなくても、時限性のボヤ騒ぎでも起きれば、随分と逃げるのは楽になるでしょうし」
……もはや、イアリアの身に何も起こらない事が誰の為の平和を守る事になるのか、分からなくなってきたかもしれない。
もちろん、その平和を乱そうとする側に、一切自覚は無いのだろうが。
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