第15話 宝石は迎え撃つ

 イアリアが息をひそめるようにして人目を避けつつ、使わなければ良い準備を着々と整えている間、主に兄弟子のジョシアの奮闘で、ギリギリ公然の秘密は公式な判断になっていなかった。

 貴族というのは外面と人脈の生き物だ、と認識しているイアリア。だが、だからこそ、決定的な言質さえ与えなければよほど強硬、あるいは迂闊な手段はとらないだろう、と判断していた。

 実際それはさほど間違っておらず、ナディネの研究棟というこれ以上ない立地条件があったとしても、1ヵ月近くも引き籠っていられたのはその努力の成果だ。


「なんというか……まさしくなりふり構わずって感じだなぁ……」

「非常識極まりないな!」

「ハリス兄様が言うのはとっても違和感だわ」

「何だと!?」


 とはいえ。いくら貴族が外面と人脈の生き物(イアリアの認識)と言っても、実利を無視する事が出来る訳ではない。いや、むしろそういう生き物だからこそ、それを守るためにはどんな手段でも取るのかもしれない。

 そんな事を考えながら、うんざりとした顔でイアリアが見る先は、ナディネの研究棟の入口だ。ジョシアとハリスも同じ窓から見下ろす先には、入口をふさぐように1台の馬車が横付けしてあった。

 流石にここまでの明確な迷惑行為は学園側から注意が来そうなものだが、どうやら「話は通っている」らしく、人が来たり様子を見に来るような気配すらない。


「本当に、あの自称お父様は。やるとなったら手段を選ばないわね。……実験中の事故って事で吹き飛ばしても構わないかしら」

「いやぁ流石にそれは止めといたほうがいいだろうな。監督不行き届きって事で師匠の責任になるだろうし。研究棟の外だしギリギリ1人ぐらいなら通れる隙間があるから、邪魔はしてないって言い張れる」

「詭弁だな!」

「半分以上はハリス兄様のせいなのだからちょっと黙ってて」

「何故だ!?」

「言い方を変えるわ。うるさいから近くで叫ばないで」


 ここまでの会話で分かる通り、その馬車に描かれている紋章は、サルタマレンダ伯爵家のものだ。あそこまで堂々と家の紋章が入った馬車を好きな場所に止められるのは、通常当主のみである。

 つまり、イアリア曰くの自称お父様……サルタマレンダ伯爵本人がお待ちかね、という事だ。そして当然ながら、通常はそうと分かれば出迎えに行かなければならないし、爵位に応じた対応をしなければならない、のだが。


「先触れも無ければノックもない。なら別に気付かなくったって構わないわよね。早く帰ってくれないかしら」

「居留守ではないからね。単に訪問に気付いていないだけだから、仕方ない。訪問を知らせる動きが何もないんだし」

「礼を尽くしてほしければ、まず自らがきっちりとするべき事をやる事だな!」

「……正論を言っているところ悪いのだけど、ハリス兄様だけには言われたくないわ」

「どういう意味だ!?」

「ハリス、悪いけどその点に関してはイアリアの言う通りだと思うよ」

「何故だ!!」


 そういう事で、ナディネの弟子3人は、外からは見えない窓から馬車の様子を窺っているのだった。もちろんこちらから動くつもりはない。しかし、一向に馬車からの動きもない。

 いつかはしびれを切らせて反応すると思っているのか、それ以前に、反応されるのが当然と思っているのか。……だが。自らの弟子を事あるごとに褒めまくり、可愛がり、でれっでれになるナディネだが、その実力は確かである。

 それすなわち。……魔法使いとしての教育も、ちゃんと一流だ、という事である。


「むっ? 妙な気配があったな」

「まぁ来るわよね。あれだけ派手に乗り付けているのも囮でしょうし」

「引っかかれば儲けもの、ってところか。その程度で抜けられると思うのもなんだかなだけど」


 3人がほぼ同時に反応して視線を向けたのは、部屋の天井……のさらに上。研究棟の屋根だ。

 ナディネが張った結界は確かに高性能だが、侵入する方法が無い訳ではない。そしてその1つが、結界を通り抜ける事が出来る条件を備えた、人工生命体……使い魔による侵入だった。

 結界を通り抜ける条件は、ナディネか、ナディネの弟子。そしてその誰かから直接招き入れられた場合のみだ。ただしつい先日、ハリスがうっかりと招かれざる客を招いてしまったことがある。その時点で、結界を通り抜ける許可ぐらいは使えるようになっているだろう、と、イアリアとジョシアは想定していた。

 そして実際、到底人間とは思えない場所と動きで、結界の内部へと入ってくる動きがあったことを感知している。


「なんだ、予定通りなのか?」

「完全に害をなすつもりの侵入者だけれどね」

「本当に良くやるよ。ハリス、一応玄関の方を警戒しといて。上と下から挟み撃ちにしてくるかも知れない」

「バレている侵入者ほど恐ろしくないものはないがな! そちらこそしくじるなよ!」

「侵入者に付け入る隙を与えたのはお前だよ、ハリス」

「そうなのか?」

「本当にね。私は一応、師匠の研究室の近くに待機しておくわ」

「そうなのか!?」


 やはりというべきか、自分の失態が原因の侵入者であると理解していなかったハリスが驚いていたが、それでも3人という少数で研究棟、及びその中の貴重品を守る為に動き出す。

 ザウスレトス魔法学園。若い魔法使いを集めて一斉に教育を受けさせるのは、教える側の数が少なくていい事や、一点に守るべき対象である未熟な魔法使いを集めて守りやすくする事の他に、長い時間を共に過ごすことで交流を増やし、連携しやすくする、という効果があった。

 学園の意図したケースとは違うかもしれないが、ナディネの弟子という事で格段に一緒に過ごす時間が長いイアリア達は、会話の内容は別として、目的と連携自体への迷いはなく、行動を開始するのだった。

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