第4話 宝石は護衛する

 イアリアがハイノ村に到着したのは、午前中の、最も人が活発に働いている時間帯だった。地理的には遥か西に移動している事が確定した以上、あの魔力暴走は、転移という形で現実を上書きしたのだろう。

 ほんの少し、移動距離からすれば髪の先ほども座標がずれていれば、今頃イアリアは生き埋めになっているか、それとも転移先の何かと融合してしまって名状し難い何かになっていただろう。転移というのは、それだけ危険なのだ。

 その危険性を改めて確認して内心ぞっとしたイアリアだが、とりあえず現在のところ、五体満足で生きている。転移した先が空中で良かった。……まぁもう少し高かったり鳥が飛んでいたりしたら命はないので、空中なら安全という訳でもないが。


「昼に出発すれば、日暮れまでにはグゼフィン村に辿り着けるのね?」

「あぁ。全員って言っても、それでも絶対に村に残る、って言い張った一部とか、そんな事がある訳ないって笑い飛ばした奴とかだけだからな」

「ふうん。……ま、ちゃんと冷静に考えられる頭があるなら、安全な場所へ行くわよね。当たり前のことだわ」

「……演技かと思ったら、割と素だったのな……」


 イエンス、と名乗った男性冒険者とそんな話をしたりもしたが、ともかく。動き出す事そのものには成功した村人達はどうにか昼までに荷物を纏め終え、村ぐるみで移動する準備を整える事に成功した。

 もちろん冒険者ギルドに残っていた職員の女性も、しっかり冒険者ギルド保有の馬車に大事な物を乗せている。護衛依頼は冒険者ギルド名義で2人に伝えられ、既に受諾した後だ。

 大体は徒歩で、食料や移動用の水を始めとした重い物は荷車で、イアリアも流石に今回は一緒に歩く事、おおよそ話の通りに半日後。


「見えたぞ、グゼフィン村だ!」


 戦闘を警戒しながら歩くイエンスの声で、それでもほっとした声が村人達から上がる。イアリアがいる場所は最後尾なので見えなかったが、話通りならしっかりとした壁に囲まれた、大きな村があるのだろう。

 恐らくアッディルやエデュアジーニと同じような立場の、つまり周辺の小さな村の代表のような場所なのだろう。だから村というよりは町だ。むしろ周囲を囲む壁が石で出来ているというなら、アッディルより上等かもしれない。

 で、しばらくしてようやくイアリアにも、グゼフィン村が見えてきたのだが。


「……これは、町を越えて都市なんじゃないの?」


 その壁の高さと、開いている扉の大きさと厚み。それらが近いのは、アッディルどころかベゼニーカでは? と、内心首を傾げた。田舎村のまとめをしているにしても、あまりにもこう、規模が大きすぎないだろうか。等と思う。

 周囲の光景と、目の前の自称村の規模が釣り合わず、イアリアは脳内で学園で学んだ国内地図を引っ張り出した。ここエルリスト王国において西の地域は名目上の実家がある為、知っていて当然だよな? と、やたら難易度の高い質問に答える事を強要されていたりした。

 なおその教員は南の地域の貴族であるものの、同レベルの質問を返すと言葉に詰まっていたのだが、ともかく。そういう訳で、他の地域よりは細かいところまで知っている。で、その知識におけるグゼフィン村とは何だったか、というと。


「(あぁ、そういえばそうだったわ。ここがあの「元国境砦」なのね)」


 何百年か前まで、エルリスト王国の国境はここだった。その時に国境を守る為に建造された砦。現在はもう少し西にある山脈まで国境が移動したが、壊すのも手間だという事で、この砦はそのまま残された筈だ。

 もちろん兵器の類は全て撤去されているし、秘密の通路の類も埋め立てられているだろうが、その頑健に作られた壁だけでも十分だろう。立派なガワがあるのだから、何かあった時の避難所として活用するのは悪くない。


「(という事は、自称お父様の領地に入ってしまったって事……。……困ったわね)」


 問題は。

 いまだに現在進行形で、イアリアが、その名目上の実家から追われ、逃げ続けている、という事なのだが。

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