第3話 宝石は話を聞く

「だからっ! グゼフィン村までの護衛ならするって言ってんだろ!? 獣除けの低くて脆い柵しかないこの村で、山賊相手の防衛は無理だって言ってるんだ!」

「ですけどぉ! 村の皆様がどうしてもここがいいって言っててこでも動かない構えなんですよ! 村に誰か1人でも残ってると、ギルド職員も1人は残らないといけない決まりですし! 私死にたくないです!」


 とはいえ、冒険者ギルドに顔を出すのは冒険者として活動している以上は当たり前のことで。なおかつ冒険者ギルドで揉め事が起こっているなら、それを回避する事は出来ない。

 イアリアもそんな事は分かっていたのだが、それでも避けられるものなら避けたかった。このハイノ村最後の冒険者とギルド職員の言い争いを聞き、意見を求められることになるのが分かり切っているならなおさら。

 そして実際、冒険者ギルドの入口すぐにあるロビーで、半分埃をかぶっていた机と椅子を並べてその内容を聞いた時点で、イアリアの意見は決まったも同然なのだが、一応しっかり確認はしておくべき、と、口を開いた。


「その、グゼフィン村というのはどれくらいの距離にあるものなの?」

「ハイノ村全員で移動しても半日はかかんないな。道中も時々動物が出てくるだけだし、山賊騒ぎが始まってからはぱったり姿が見えなくなった。狩人が仕事にならねぇってぼやくぐらいだ」

「なるほど。あなた1人でも護衛には十分って事ね」

「そういう事だな。それに、グゼフィン村まで行けば防衛も出来る。あっちは石で出来た、豪雪と、冬に襲ってくる魔物に耐えられる分厚い壁で囲まれてるんだ。守役騎士もいるし、今なら冒険者も集まってる」


 黒髪に茶色の目、という色彩をした男性冒険者は、刈り込みの手入れが間に合わず伸びてしまったような髪をガリガリとかいてそう答えた。

 そこに嘘はないのだろう。ギルド職員である女性の方も、それはそうなんですけど、みたいな事を口の中で呟いているので、そうした方がいい、いや、そうする以外に村人全員が助かる選択肢はない、というのは分かっているようだ。

 なるほどね。と、もう一度頷いて見せたイアリアは、冒険者ギルドの建物の外に人が集まっている気配をしっかり確認して、大きめに声を出した。


「つまり、集団自殺したい村人のせいでギルド職員のあなたは死ぬわけね。ご愁傷様。私は巻き込まれて死にたくないから、絶対に助かるグゼフィン村に行くとするわ」


 その露骨というか、言い方に若干の悪意があるような言葉選びに、目の前の2人が驚く。だがそれ以上に、外に集まっている気配が揺れたのも感じ取ったのだろう。なるほど、という顔になって、少しだけ声を大きくした。


「まぁそうなるよなぁ。死んだら冒険はおしまいだ」

「うぐっ! 分かっていましたが、具体的に言葉にされるとなかなかこう……!」


 その応答に、気配がさらに揺れる。結局のところ、このハイノ村の村人達は、恐れてはいても他人事だったのだろう。山賊に襲われるという事もさほど想像がつかなかったから、今目の前の、ようやく種まきが出来そうになって来た畑の事の方が重要なように思えていた。

 だがそれ以上に、自分達のせいでギルド職員の彼女が死ぬ、というのは大きかったらしい。小さな村だし、理由はどうあれ最後まで残ったところから、村人との中も悪くはない筈だ、と読んだイアリアだったが、どうやら当たりだったらしい。

 別にイアリアだって、喧嘩を売る為にあんな言い方をした訳では無い。助かる命は多ければ多い方がいいのだ。それに、この村が襲われるという事は、この近辺にいるらしい山賊が得をするという事。山賊が嫌いなイアリアに、それを見過ごすという選択肢はない。


「冒険者ギルドのギルド職員も大変ね。お仕事だっていうのに、こんな小さな村と無理心中させられるなんて」

「私だって死にたくないんですよ!? 死にたくないんですけど、それでも村の人が残ってる以上は残らないとダメなんですよ!」

「1人だけなんだから、こっそり避難しちゃえばいいんじゃないの?」

「村人全員の無事が別の村で確認できない限りは無理なんです! それもその辺の小さな村じゃなくて、村のまとめをしている大きな村じゃないと!」

「本当に大変ねぇ。村人がグゼフィン村に、山賊が殲滅されるまで一時的に避難さえしてくれれば、あなただって助かるって言うのに」

「長くても1ヵ月程度だと何度もご説明はしたんですけどね! 避難した場合は冒険者ギルドの方から多少とはいえ手当が出るともお伝えしたんですけどね!」


 ついで、冒険者ギルドの女性職員に話を振ると、わあっ! と嘆くような演技をしつつ更に声を大きくして、避難した場合にはちゃんと、その後の保証がある事を説明した。本当に何度も説明した事らしく、男性冒険者の方もうんうんと頷いている。


「村人はいいわねぇ。避難して自分の安全を確保するだけで、山賊退治に貢献したって事になって見舞金が出るんでしょう? この地域から逃げられる代わりに自分で対処しなきゃいけないか、問答無用で戦力として数えられる冒険者とは大違いだわ」

「言い方こそ手当だが、実質そういう事だよなぁ。収めた税の分だけ優遇されるのは土地を持ってる有利ってやつだ。冒険者みたいな根無し草とは大違いで羨ましいこって」


 ますます空気が揺れる。というか、囁き声がこっちにまで聞こえ始めた。というところで、イアリアは煽るように声を張った。男性冒険者も、入口から見えないように顔の向きを変えた上でにやりと笑い、同調するような声を上げる。


「助かります。無事避難ができましたら、避難勧告補助の緊急依頼として処理しておきますね」

「あら有能。貰えるものは貰うけれどね」

「だろぉ? クジ運が弱いとこだけがあれだけどな」


 いよいよ収まらなくなってきた扉の外の動揺。そちらに伝わらないようにそんな会話があったが、まぁ、そういう事だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る