第3話 宝石は備えを知る

 3日をかけてざっくりと防寒仕様の服を仕上げたイアリアは、その後2週間を実際に着て動いてみてからの調節に費やした。そのおかげでしっかりと隙間なく寒さを防ぐ事が出来て、動きは阻害しないと言う理想の状態に仕上がったので、イアリア自身は満足している。

 既に、朝になればうっすらと霜が降りて、空はずっと薄雲がたなびいているようになって太陽が見えない。もちろん気温は下がる一方であり、そろそろ雪が分厚く積もった方が暖かく感じるような日が続いていた。

 ほとんどの人は外出そのものを控える事で寒さに耐える生活を選ぶところ、むしろいつもより積極的に外に出ているイアリアは、


「冬支度を甘く見てたわ。と言うか、よくこんな依頼を出せるだけの現金があるわね」

「大半は共同費から出したものですからね。この辺りの雪は、本当に積もると大変な事になりますから。万が一肉食動物や魔物が出た所で、逃げる事すらままならない場合がありますので」

「納得したわ。秋の終わりにディラージで稼いだ現金を、ほとんど全部突っ込んでるのね」


 冒険者ギルドエデュアジーニ支部へ寄せられた、大量の魔薬を納品する依頼を毎日ひたすらにこなしていた。なお冒険者ギルドの職員によれば、普段は依頼を早めに取り下げ、冒険者ギルドの方で購入した魔薬を卸しているのだと言う。

 なるほど、通りで報酬金額が冒険者ギルドで売っている値段と同じな訳だわ。とぼやくように呟くイアリア。冬ごもりに来たのにいつも以上に働かされていては、一体何のために辺境に来たのか分からない。

 まぁ懐は温かくなったし、冬ごもりをしていても現金を使わない訳ではないし……という所まで考えたイアリアは、ここで何かに気付いたようだ。


「…………そして、何故やけに外部の人間向けの商店に、商品が充実しているのかという謎も解けたわ。ギルドの人間は、この辺境まで定期的にやってくるついでに商売していくのね? そしてこの依頼で出した現金は、商店を経由して冬が終わるまでに村に戻るのね?」

「ふふふ。極小なれど、お金の流れは経済の流れ。非常に健全な状態ですよ」


 実質的な肯定が返ってきて、イアリアは感心と脱力と呆れの混ざった息を吐いた。これもある種、全てが内側で完結する場所で生きる為の知恵だろう。その輪の中に外部から入り込んだ何者かが居ても、輪そのものはそうそう揺らがない。

 よくできているわ。と口の中で呟いたイアリア。今度の呟きにより多く乗っていたのは感心だが、そう呟いて気分を切り替えたらしい。何せ何故こんなにのんびり喋っていたかと言えば、とりあえずイアリアが見る限り、壁を埋め尽くしていた依頼票はほとんど無くなったからだ。


「いつもの調子で顔だけ出しに来てみれば、やけに期日の短い依頼が多いから何事かと思ったわよ。……で、そういう事なら、しばらくは依頼がないと思っていいのね?」

「そうですね。出来れば生存確認を兼ねて顔は出してほしいところですが、それこそ魔物が村を襲ったとか、そういう非常時でも無ければこのままかと」

「縁起でも無いわね。まぁ、冒険者が必要な事態なんてその程度でしょうけど」


 ちなみに、現在のエデュアジーニにもそれなりの人数、冒険者が滞在している。その理由は冬ごもりであったり、修業であったり、冬にしか見つからない珍しい動物が目当てだったりと様々だ。

 なのだが、その理由が理由なだけに、他の場所ではほぼ必ずあった、冒険者ギルドのロビーでたむろしている姿は滅多に見れない。というか、冒険者ギルドも相応に防寒対策がなされた造りになっているが、この時期に酔っぱらって朝まで床に転がって着の身着のまま眠るというのは流石に自殺行為となる。

 冒険者ギルドの方でも、この冬の時期は酒の提供を控えている。何せそうなる前は、毎年一定数、冒険者ギルド内での凍死者が出ていたからだ。


「ま、依頼の取り合いでもめる事も無いのなら、平和で良いわ。とは言え流石に遭難したら笑えないから、遠出する時は声をかけるわね」

「はい、よろしくお願い致します。ちなみにこちら、予定日数を過ぎたら自動的に捜索依頼を出す事が出来る保険というものになるのですが」

「…………本当になんというか、よく出来ているわね…………」


 ちなみに、不測の事態と言うのは発生しうるので、伝えていた日数を何日越えたら依頼が出されるかというのも調節できる仕様となっていた。冒険者は基本的に全ての行動が自己責任だが、危険だと分かり切っている場合はちゃんとフォローをする態勢が整っている。

 ……恐らくこれも、過去は外に出てそのまま事故か戦闘か天候かで遭難し、そのまま帰らなくなった冒険者が多かったのだろうな……。とイアリアは思ったが、便利な仕組みがあるなら使うに越した事は無い。

 依頼になった時の金額を収め、無事帰還出来たら手数料を差し引いて返金されるというのも、万が一の時の保険である事を考えれば上々だ。もちろん依頼になった時は返金されないが、報酬金額には冒険者ランクに応じて、冒険者ギルドから上乗せがある為、なかなかお手頃となっている。


「むしろ返金されるだけ上等なのよね。その分丸ごと持って行かれてもおかしくないのだし」

「流石にそこまでしてしまうと、利用者が居なくなってしまいますからね。1人でも多くの方に利用して頂かないと、わざわざ作られた意味がありませんので」


 イアリアは(これでも)相当に慎重な姿勢で動くが、冒険者と言うのは、自らの命を掛け金にして分の悪い賭けに挑む、ならず者と紙一重の命知らずである事が多い。

 そんな人種に、命を守るための保険を使って貰うには、それぐらい気軽で、お手頃で、しっかりしていなければならないのだろう。


「冒険者ギルドも大変ね」

「ふふふ。だからこそ、優秀な冒険者の方はしっかり優遇させて頂くのです」


 もちろんこの場合の優秀とは、使い勝手もしくは都合がいい、という意味を含む。

 イアリアは当然その含みを分かった上で、息を1つ吐いて、保険の手続きに入るのだった。

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