第2話 宝石は準備を作る

 イアリアを含むディラージから出発した冒険者達が受けた、護衛依頼の終着点は、エデュアジーニという、いくつかの農村を纏めるような位置にある、ちょっとした町だ。ディラージを出発した時は空気が乾燥している程度だったのだが、海から更に離れた為、既にうっすらと雪が積もっているのが見える。

 到着して依頼の達成報告をするなり、ディラージへと引き換えしていった冒険者達を見送り、イアリアは冒険者ギルドエデュアジーニ支部のギルド職員に聞いて、冒険者ギルドおすすめの宿に部屋を取った。今回は今までと違い、冬が開けるまで居座るつもりだ。

 どうやら冒険者ギルドもそのつもりだった、というか、このタイミングでエデュアジーニに宿をとる事自体、冬ごもりをするということ以外ではありえないので、長期利用の割引料金が最初から適応されていた。


「まぁ、冬の間は動けないわよね。それが目当てで来ているのだし」


 間違ってはいないので、そのまま長期滞在の契約を結んだ。どうやら他に滞在者はいないらしく、値段と比べればちょっと広い部屋に泊まる事が出来る様だ。

 しっかりと扉と窓を確認するイアリアだが、流石冒険者ギルドのおすすめと言うべきか、窓が2重になっていた。壁も扉も相応に分厚く、町が雪で埋まっても潰れなさそうだ。

 また部屋自体にそれなりの広さがあるので、イアリアの使い魔……タイニーオウルという手乗りサイズの梟の見た目である「魔物化した魔化生金属ミスリル」のリトルも、十分に羽を伸ばせるだろう。


「思っていたよりは上等ね。冬の間にしか採れない薬草の類もあるから、のんびりと魔薬の研究に打ち込めそうで良かったわ」


 もちろん、魔薬を作る際に魔力を消費するのが本来の目的だ。だが、世間一般には凄腕魔薬師兼冒険者として通っている以上、これが一番穏便かつ十分に納得されて引き籠れる言い訳となる。

 一応、実際に研究するつもりもあるので、全くの嘘ではない。微妙に使い勝手が悪い魔薬のレシピがあり、それを調節するつもりなのだ。そもそも、あの小瓶に入る量で充分な爆発を引き起こす魔薬も、イアリアが開発したものである。

 ディラージで保存食を買い込むついでに、実験で使う物は買いこんで来た。また、エデュアジーニにある数少ない商店にも、イアリアのような冬ごもりをする人々向けの商品があった事を確認している。


「……でも、いくら魔薬で調節が効くと言っても、流石にこのマントだけでは無理があったかしら。本格的に雪が積もる前に、防寒具の調節だけは終わらせておかないといけないわね」


 今イアリアが来ている服は、確かに野外活動用のしっかりしたものだ。だが、どちらかと風通しを重視した、温暖な気候の地域に対応したものである。旅を続ける中で着替えは購入したし、ほつれを繕ったりするついでに布を当てたりはしているが、それらはあくまで応急処置の範疇だった。

 流石に色々と幅広く出来る事を増やしてきたイアリアと言っても、1から服を作る事は出来ない。だからちょっと失敗してもいいように、ある意味素材となる服はそれなりの数を買い込んで来た。

 真冬の、雪が降り積もる極寒の森を歩く為には、それ専用の服が必要だ。そしてそんな物を買うとなるととても高い上に動きにくい事が分かっているので、本気で動こうと思えば、結局自作するしかない。


「本当に、この鞄は便利よね……背負ってきた荷物袋が100は入るんじゃないかしら」


 しみじみと言いつつイアリアは窓と扉にしっかりと防犯対策の仕掛けを施し、旅装を解いて、しみじみといいつつベルトに下げていた、それなりに大きな鞄……内部空間拡張機能付きの鞄、通称、マジックバッグを取り外し、中に詰め込んでいた荷物を引っ張り出す。

 一番多くを占めるのは保存食だが、イアリアが節約すれば1年は食いつなげる保存食を詰め込んでも、その容量の半分も埋まらないという素晴らしい性能だ。中に入れたものの状態がそのままになる等のオプションも山盛りついているので、恐らく、リトルを除けばこの鞄が一番高価な持ち物となる。

 そこからまずは布地と古着、そして毛皮の類を引っ張り出し、最後に裁縫道具を取り出すイアリア。部屋の中はしっかりと暖めているし、確認した壁の分厚さからいって、外の寒さは問題なく遮断される。


「とはいえ、本腰を入れた服の改造は久しぶりね。まぁ時間はあるのだから、のんびりと慎重にやればいいのだけど」


 何も無い床に折り畳み式の机を置いて、その上に服を改造する為のあれこれを並べるイアリア。机の端にリトルが飛んできて、くりっと首を傾げている。

 その頭を指先で撫でてから、イアリアは気合を入れて、防寒具の作成に取り掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る