宝石と冬の山

第1話 旅疲れの宝石

 この世界には、魔力と言う不思議な力が存在している。

 多くの場合は意思あるものの思考に従って世界を上書きし、個体や種族単位の突然変異を引き起こす、活用されている割に正体が分かっていない力だ。

 そして人間の中に時折生まれる突然変異、その魔力を持って生まれる人間、というのは、大きく2つに分かれていた。



 1つは魔法使い。宿して生まれてきた魔力の分だけ、世界を自分の意思で上書きする事が出来る人間。

 数日に一度小さな魔法を使うだけで数年もすればその魔力を使い切ってしまう者から、毎日のように地形を変えても老いて死ぬまで一切魔力が減る様子すら無い者まで、その魔力の量には個人による差が大きい。


 もう1つは、魔石生み。魔力を宿して生まれてくる点と、その魔力が尽きたらただの人になる点は魔法使いと同じだが……魔石生みの場合、世界を上書きする力を自らで行使する事は出来ない。何故ならその名の通り、その魔力は石の形を取って固まるからだ。

 そしてその石の形に固まった魔力――魔石を使えば魔力の有無に関わらず誰でも、魔石がある限りいくらでも、魔石に込められた魔力の分だけ世界を上書き出来る。



 そしてその特性の違いにより、魔法使いは国の武器あるいは盾として召し上げられる事が多く。対して魔石生みは、人ではなく資源として見られ、扱われることがほとんどだった。

 何故同じ魔力を宿した人間なのに、魔法使いと魔石生みに別れるのかは分かっていない。また、どれほど膨大な魔力を持っていても魔石生みが魔法使いになる事は無い。



 ただし。

 稀に、魔法使いが魔石生みに変わることは、確認されている。




 ガタン、と車輪が何かに乗り上げたのか、やや強めの振動が屋根の付いた馬車に伝わった。

 その屋根の上には人が乗っていて、その振動ではっと気が付いたように頭を上げていた。道も車輪もそこまで上等ではない為にガタガタ揺れる馬車の上で器用に転寝をしていたらしいその人物は、軽く周囲を見回して状況を確認している。

 その動きに、周囲に居る多くの人間は注意を払わなかった。何故ならその人物は、この1ヶ月弱の旅の間ほとんど晴れが続いたにもかかわらず、ずっと雨の日用の分厚いマントに全身を隠し、その動きの詳細が分からない状態だからだ。


「……ちょっと気を抜き過ぎたかしら」


 そんな呟きも欠伸に押し流されていく、実にのんびりと……一応名目的には周辺警戒をしているその人物は、自分が屋根に乗っている物を含めた馬車列の護衛を引き受けている、冒険者だった。

 名前はアリア。冒険者登録をしてまだ1年に満たない若い女性だが、既にベテラン冒険者と並んで遜色ない程の実績を持っている、大変有能な冒険者だ。そして非常に珍しい、1人でも集団でも戦える魔薬師という、ちょっとした超人である。

 その本名は、イアリア・テレーザ・サルタマレンダ。冒険者として登録してある年齢より2つ上の17歳であり、その名前の通り、本来なら貴族令嬢である筈の元平民。濃い焦げ茶色のくせっ毛をフードに押し込み、同じくフードの影の下に大きく美しい翠の目を隠した彼女は、魔石生みへと変じた元魔法使いだった。


「あぁ、でも、そろそろ見えてきたみたいね」


 魔石生みに変わったその日に、魔法使いを育成する為の学園から力技で脱走、冒険者となって学園から離れる方向に旅を続け、紆余曲折あって時々状況に流されながらも、国内の東の果てであるディラージまで辿り着いた。

 季節は秋を過ぎて冬。ここからの長距離移動は余程南の地域でなければ難しく、そうであるならいっそ、人の出入りが絶える、北の田舎へと移動する事にして、この護衛依頼を受けて移動してきた。

 何故なら元々イアリアは、魔石生みになっても変わらない底なしの様な魔力を使い切るまで、名目上の実家から逃げ続けている、現在進行形の逃亡者だからだ。


「……冬の間ぐらいは、のんびりと過ごしたいものね」


 しかもそれに加えて、ディラージで謎の不審者に目を付けられたらしく、追手が増えている。そして魔力の消費の方は、捗っているとはとても言えない。つまり、逃亡生活の成果が上がらないうちに、追い詰められてきているという事だった。

 なのでイアリアはこの冬の間、人の出入りが絶える場所に籠り、一気に魔力を消費するつもりだった。何せ冬の田舎というものは、陸の孤島と言ってもいい程に色々な意味で隔絶されている。少々派手な事や異常が起こっても、それが大衆に知られる可能性は、かなり低いと言っていい。

 そして追手もまた、冬の田舎という環境では追いかけてこれない。もちろん相応の、主に環境であったり野生動物であったりといった危険はあるが、少なくとも、人の危険はとても低い。


「本当に。旅続きで落ち着かなかったから……平和に過ごしたいわ」


 本音の本音を混ぜて呟き、イアリアは馬車の列が進んでいく、その先へと目を凝らしたのだった。

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