第23話 宝石の贈り物と縁の不思議

 とある建物の廊下を、ふわぁっと大きな欠伸を吐き出しながら、それなりに大きな箱を抱え、色褪せた様な白い髪を雑に紐でくくり、淡い黄色の目を眠気に閉じられそうになりながら、線の細い青年が歩いていた。



 これで体に合わせた仕立ての良い服でも着ていれば、まぁ一応貧乏木っ端貴族の端くれぐらいには見えたかもしれないが、その青年の格好は、使い込まれた鍛冶作業用の上下の上に、年季の入った分厚い作業エプロンを重ねたものだ。

 服そのもの、及びその使い込まれ具合はこの街――鉱山都市という異名を持つ、エルリスト王国随一の金属加工技術を持つ都市、ディラージにおいてはよく見る格好……つまりは、鍛冶師を示す服装だ。

 それを、言っては悪いがペンより重い物は持てそうにないほど線の細い青年が着ている、というのは、何ともちぐはぐな印象を与える。もっとも現在はその両腕で、そこそこ大きな箱を抱えて歩いているので、最低限の筋肉はあるというのが見れば分かるのだが。



 白髪の青年は人の気配のしない廊下を、迷うそぶりの1つも無く歩き進めていく。石と金属を組み合わせた非常に丈夫なその建物は、このディラージにおいて、最も頑丈かつ重要な建物だった。

 そう。本来なら、部外者が1人で堂々と歩ける場所ではないのだ。だが実際に、その建物を進む青年は誰にも止められていない。もしこの状況を、この建物の普段を知る第三者が見たのであれば、目を剥いて驚くだろう。

 だが、誰もいない。何の気配もない。静かにもほどがある廊下を、気にした風もなく寝不足の様子を見せながら白髪の青年は歩いていく。やがてその先にある扉の1つから、こんな声が聞こえてきた。


「――――っはははっはは、おま、っひぃ、だめ、むり、わら、笑い、止まら……わははははははは!!」

「ええい! そこまで腹をよじらせて笑わなくてもいいだろう!?」

「っひ、ひい、って、おっ、おっま、ぶふぅっ!!」

「いい加減笑い止めないかっ!!」


 息が苦しくなっていてもなお笑う声と、それを止めようとする怒鳴り声だ。どちらも、声だけを聞くなら若い男性のものだ。笑っている声の方がやや年上だろうか。

 非常ににぎやかなその声に、白髪の青年はもう1つ欠伸を吐いて、歩調は変わらずその声が聞こえてくる扉へと近寄って行った。そして扉の前で立ち止まり、ゴンゴン、と、やや乱暴に扉を叩く。

 ひいひいと息が苦しそうな声は部屋の奥へと引っ込み、怒鳴っていた方の声がぐずぐずと文句を言いながら扉に近付いてくる。白髪の青年は、扉の正面から少し体をずらした。


「ええい、何の用だ! お師匠様なら気分が優れないから会食などには応じられないと何度――」

「大事な弟子に何かあったか? まぁ関係ないけど。お届け物だぞーナディネ。また弟子に全部丸投げで不貞寝かー?」

「はっ!? あっ、ちょっ、待……いや、誰だ!?」


 そしてその予想通り、バァン! と、開き過ぎて壁に叩きつけられるのでは、という勢いで扉は開かれた。短く刈り込まれた髪の毛は輝くような銀色、不機嫌を最大限に乗せたその目は炎のような紅色。金属鎧を纏っていても不思議ではない体格を無理矢理収めたような黒い布のローブは、ギチリと引きつる音が聞こえる様だ。

 そんな体格の良い男性は、ドアを開けた勢いのまま廊下へと一歩を踏み出していた。だがその分背後には隙が出来ていて、白髪の青年はその隙に、するりと部屋の中へ滑り込んでいた。

 そのまま部屋を見回すと、扉から見て右奥の角にある椅子に、淡い金髪を首の辺りで纏めて流し、まともに見れば吸い込まれるような青い目をした男性が、まだ笑いが収まらない様子で座っているのが見える。服装は扉を開けた男性と色違いの、こちらは縦にも横にも随分と余裕のある白い布のローブだ。


「だから、貴様、誰――」

「あー、待った待った。ハリス、ちょっと待て。たぶん師匠様の「お仲間」だ」

「はぁ!? ジョシアそれは、どういう意味――」

「お、察しが良いな」

「んなぁ!?」


 扉の方から取って返してきた、銀髪赤眼の男性へ。部屋の隅に居た金髪碧眼の男性が「待った」をかける。それに、正解、と返して、白髪の青年は、部屋の左手にあった別の扉へと向かった。

 後ろでわちゃわちゃ、主にハリスと呼ばれた方が叫び怒鳴っているのを、ジョシアと呼ばれた方が宥めている声を聴き流しながら、今度はノックも無しに扉を開ける。

 その先はベッドルームになっていたらしく、それでも広い部屋の中に、上等で柔らかそうなベッドがいくつか並んでいた。そしてその内の1つにかけられた毛布がこんもりと盛り上がっているのを見て、その近くの椅子に抱えていた荷物を下ろす青年。


「おい、ナディネ。久々だってのに顔も見せないとか、薄情になったもんだな?」

「……だってぇ」


 ついでに荷物の隣に椅子を持ってきて、そこにどっかと腰を下ろすと、もぞもぞと毛布の盛り上がりが動き、泣きはらした、と分かる程赤くなった目と顔をした、琥珀色の目をした美女の顔が出てきた。


「だって、お弟子に嫌われたし、ユースは何かにつけて腕を返そうとするし、お弟子に嫌われたし、王子に仕事だって言われて引っ張り出されるし、お弟子に嫌われたし、仕事だって言ってるのに変な奴が寄って来るし、お弟子に嫌われたし……」

「お前本当に弟子が大好きだな」

「世界で一番愛してるぅ……」


 それだけ言って、またぐすぐすと泣きながら毛布の中に引っ込もうとする美女……ナディネに呆れた声をかけて、白髪の……ユースと呼ばれた青年は、容赦なく毛布を引っぺがした。

 やぁん~。と情けない声が聞こえたが、その細腕のどこにそんな力があるのかと思う程の力技で毛布を別のベッドの上に放り投げるユース。ちゃんと手入れをしていれば輝くような金の髪も絡まり放題、黒いローブこそ着ているものの、そちらもしわだらけと、酷い有様だ。

 一言でいうならば、完全にダメな子になっている。この様子のナディネを見て、名高き「永久とわの魔女」と同一人物だとすぐに結び付けられる人間はそういないだろう。


「俺も仕事だ。諦めろ。お前に恩返しのプレゼントだと」

「今度はどんな爆弾?」

「聞いてたか? 聞こえてるか? 俺も仕事だっつったよな?」


 それでも諦め悪く右腕で枕を抱え込み、そのままベッドの上から起き上がろうとしないナディネ。だが泣くのは一旦やめたようで、そのままベッドに頭を押し付けるようにして、首を傾げた。


「……ユースの今のお仕事って何だったっけ?」

「鍛冶師だよ! 魔化生金属ミスリル専門の!」

「あぁ~、採算取れる訳無いから止めれば~って全員で止めたあれねぇ。まだ続いてたの?」

「素材持ち込み含めてそれなりに儲かってるんだよな! あぁもう、とにかく、これ! 受け取れ!」


 のほほん、とベッドに寝転がって枕を抱えたまま喋るナディネに、ユースは話をぶった切り、隣に置いていた荷物……一抱えもある木箱の留め金を外し、蓋を開けて、中に入れていた物を取り出し、ナディネへと突き出した。

 それは一見すると、人形の腕の様なものだった。だがまずその色味が静かに輝く白銀色だし、肩と繋がる筈の部分がつるりとしていて、接続部らしいものが何もない。

 金属で出来た腕の模型、というのがしっくりくるようなそれは、しかし不思議な事に、金属にしてはやけに滑らかで……本来ある筈の継ぎ目や加工跡が、いっさい見受けられなかった。


「……え、これ、どうしたの? 魔化生金属ミスリルの腕? 何で? ユースが使えばいいんじゃない?」

「俺は3本目の腕はいらん」

「えぇ……でもこれ、全部魔化生金属ミスリルで、塊そのままよね? それも銀じゃなくて、白金の。どうやって手に入れたの?」

「依頼人は秘密って事になってる。一応、真っ当な方法ではあるそうだ」

「えぇ~」


 流石にものがものだからか、不貞腐れるのを止めて……あるいは忘れて、ナディネも身を起こしてその魔化生金属ミスリルの腕に向かい合う。だが分かるのは、その腕の先にある指の配置から、この金属製の腕は左腕だという事と、魔化生金属ミスリルの中でも歴史に残るくらいには希少な素材が使われているという事だけだ。

 流石に困惑を隠せないナディネに、ようやく一矢報いたと満足げなユース。そもそもナディネは魔法使いとしては間違いなく最上位に位置する。だから、この「腕」に何の小細工も無いのは、よく分かっている筈だ。


「……どうしてぇ? 私、別に腕は1つでも苦労はしてないのに」

「苦労はしてなくても、出来る事は減ってんだろ。そのせいで噂に聞く限り色々後手に回ってるんじゃないのか。それにな。片腕ってのは、周りから見る分には気になってしょうがないんだよ! 悪かったな!」

「本当にね~。私は腕なんてなくてもいいくらいだけど、ユースは両腕が無いと困るのなんて分かり切ってたのに、私の事怒るんだもの。すっごく」

「それはそれで別の話だけどな!? ちなみに贈り物って事だから返品は受け付けないぞ。いいから付けろ」

「えぇ~。……まぁ、あれもこれも、片腕だとちょぉっと時間がかかるのは確かだけどぉ」

「前から思ってたがお前は気が長すぎる!!」

「ユースに言われたくないわ?」


 そして。

 この日以降の「永久とわの魔女」は、しっかりと手袋を付けた上でだが左腕を見せるようになり、とうとう遥か昔に欠けた部位をすら治療する魔法を編み出したのでは、と、大変な話題になる事になる。



 この2人の間にある過去や因縁と、それがこれから、どういう風に繋がっていく事になるのかは、また別の話だ。

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