第22話 宝石は街から転がっていく

 依頼があると聞いた日の夕方に、冒険者ギルドの個室で依頼者と顔合わせをして、それが終わった時に同席していた冒険者ギルドの職員に木の札の扱いを聞いたイアリア。

 それによれば、街の外に出る時点で門番に渡せばいいらしい。魔力を探知する魔道具は門を通る時に反応するので、通った後なら問題ないようだ。……なお、木の札を借りられた時点で冒険者カードに貸し出し記録が残るので、次回からは門を通る前に冒険者カードを見せれば、魔道具を一時停止してくれるとの事だった。

 またディラージに訪れる機会があるかどうかは分からないが、魔力を持っている事を全力で隠したいイアリアにとってはとてもありがたい事だ。


「……あら? 冒険者カードに記録が残るって事は、他の街ではどうなるの?」

「もちろん他の街でも、魔力を感知する魔道具の一時停止とー、同じ効果のある魔道具の貸し出しが行われますよー。なのでー、まず冒険者ギルドに向かって頂けるとありがたいですねー」


 そこまでやって大丈夫なのかしら……。と思わずつぶやいたイアリアだが、そもそも木の札を貸し出す時点で、実績と態度がきちんとしていなければならない。逆に言えば、この特権を悪用した場合のペナルティは、他のものと比べても重いと言う事だ。

 まぁその辺は、悪用しなければ良いのでしょう? というスタイルのイアリア。実際悪用しなければ何も問題は無いので、間違ってはいない。

 と言う訳で、翌日。朝日と良い勝負で宿を出て部屋を引き払い、冒険者ギルドで依頼人と合流したイアリア。どうやらアッディルと同じく、いくつかの小さな村の中心となる町へ向かう集団の代表者だった依頼人と共にディラージの北門に移動し、門を通過してから木の札を返す。


「で、見た顔があるのだけど、私は何処に居ればいいのかしら?」

「真ん中あたりで全体を見てくれれば助かるな。そこなら屋根か御者席だが馬車にも乗れるし、どうだ?」

「歩かなくていいのは助かるわね」


 そして同じ護衛依頼を受けたらしい、ディラージを拠点としている冒険者のグループのリーダーに声をかけ、複数台の馬車が並んでいる内の、真ん中辺りに並んでいる馬車へ向かった。

 どうやら豊穣祭に向かう為に、多少は良い馬車を使っているらしく、ちゃんとした屋根がついていた。御者席は狭かったので、周囲に確認を取ってからさっさとイアリアは屋根の上へ移動する。


「さて、後は野営までのんびり……?」


 屋根の上から冒険者のリーダーへ軽く手を振って見せて、向こうが気づいたことを確認し、イアリアは進行方向を向こうとして……護衛の冒険者を含む、これからディラージを出発する集団がざわついている事に気が付いた。

 ざわめきの源は、とくぐったばかりの門の方向を見ると、何か門番が揉めているらしい。どうやら門を出ようとしている誰かが、門番に止められているようだ。

 その様子を見て、護衛の冒険者が警戒の態勢に入っている。イアリアも座り込んだ状態から片膝を立てた姿勢になり、今日も変わらず全身を隠す為に羽織っている、分厚い雨の日用のマントの下に並べている魔薬を、いつでも投げ打てる態勢をとった。


「おぉい! 嬢ちゃん、いるよな!?」

「嬢ちゃん、というのが魔薬師兼冒険者である私の事なら、ここに居るわよ」

「おう、間違ってねぇ! 居るならいいんだ!」


 しかし何を揉めているのか、とイアリアが警戒しつつも疑問に思っていると、さっき声をかけて手を振ったばかりの、冒険者集団のリーダーからそんな確認があった。内心、さっき確認を取ったでしょうに、と思いつつ、素直に答えるイアリア。

 ただそこから門番の動きが変わった様なので、どうやら今の確認は門番達に聞かせる為のものだったらしい。ますます、一体どういうことなのか、と内心で首を傾げるが、全く分からない。

 そうやって警戒している間に、この北に向かう大集団は出発する事になったらしい。バタバタと慌ただしく人が動き、先に立って警戒する役目らしい冒険者達が集団の前に出る。そのまま、馬車が順番に動き始めた。


「出発を急ぐなんて、ただ事じゃ無いわね……」


 一体何が――と、思いながら門の方向の警戒を続けていたイアリアだが、揉めている人物が動いたのか、門のこちらからでも見えるようになっている事に気が付いた。フードの下の目を細め、その姿を確認する。

 そしてその姿が、分厚いマントに全身を隠し、フードを深く下ろした……つまり、現在のイアリアと同じような姿だと言う事に気付いて、考えること数秒。


「いやだ、冒険者ギルドで「とっても強力な爆発物」の製作者を探していた危険人物じゃないの?」

「何っ!?」

「必要なら冒険者ギルドに連絡を入れて確認を取ってみるといいわ。何せ危険物を作れる人物を、理由も言わずに探していたって話だもの」

「完全にやべぇ奴だな。気を付けろ!」


 つい先日、冒険者ギルドの女性職員から受けた警告を思い出して、それなりに声を張った。どうやらその声は無事門番の所まで届いたらしく、まだ残っている馬車の周りで警戒の度合いを高める冒険者達だけではなく、ディラージを囲む防壁と同化している詰め所から、応援らしい鎧姿が出てくるのが見えた。

 全身を隠している為細かい所は分からないが、その謎の人物は大層慌てているようだ。あれだけ揉めておいて何をいまさら慌てているのかしら、と思うイアリアだが、そんな事を思っている間に、イアリアが乗っている馬車が動き出す。


「……なるほど。それで私が居るかどうか、という確認を取ったのね」


 自分の追手かも知れない、そうでなくても危険人物である可能性が高い相手を警戒していたイアリアだが、列をなす最後の馬車が動き始めてしばらくし、ディラージの北門の全容が見える頃になって、ようやく警戒を緩めた。

 同時に、何故自分が居るかどうかの確認を取られたかという理由に行き当たり、納得の言葉を零す。万が一にもあそこで止められているのが自分だった場合、仲裁に入ってくれるつもりだったのかもしれない。


(それにしても、一体何者なのかしら。もう出会わないに越した事は無いけど……気持ち悪いわね)


 流石に追って来る動きは無い、と判断して、イアリアは馬車の屋根の上に座り直した。そのまま、進行方向を向いて、周囲の警戒に入る。

 もぞ、とマントの下で動きがあり、リトルが布の隙間から顔を出した。くり、と首を傾げるその頭を、イアリアは左手で撫でる。


「……ま、考えても仕方が無いわ」


 器用にも気持ちよさそうに目を細めるリトルを見て、イアリアは覚えた疑問を、緩やかな息とともに吐き出したのだった。

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