第21話 宝石は思い出す
その後冒険者ギルドに立ち寄ったイアリアは、そのままタイニーオウルの見た目をした「魔物化した
見た目と動きから、タイニーオウル以外の何かでは、という疑いは僅かも出てこなかったようだ。まぁ元々目撃証言の少ない動物(魔物かもしれない)な上に、ディラージの周辺には森が少ない。見分ける事は至難の業だろう。
登録した証として足環を受け取り、羽毛に隠れていることが多い足に着ければ完了だ。使い魔登録をする担当者は、珍しい物を見せて貰ったと上機嫌だった。
「あ、アリア様ー。お探しだった依頼が来ましたよー」
「あら、ありがとう。出発は何時かしら」
「明日の朝一ですねー。ちょっと早めにお帰りになるそうなのでー、急ぎで人を集めて欲しいとの事でしたー」
「分かったわ、ありがとう」
その帰り際にそう声を掛けられて、イアリアはそのまま部屋を取っている宿に取って返した。そのまま出立する為の準備に入る。豊穣祭も終わりが見えてきて、人混みもだいぶ落ち着いて来ていた。
冬支度をする人々向けに色々な物が売られている中を縫うように移動して、イアリアは旅の間と、護衛先についてから引き籠るだけの保存食を購入していった。様々な種類があるので、食べ比べをして楽しむつもりである。
ついでに調味料の類も買い込んだので、冬ごもりの準備は、少なくとも食料的な意味では万全だ。内部空間拡張機能付きの鞄……マジックバッグが大活躍である。
(そういえば、この木の札はどうすればいいのかしら)
買物を終えて部屋に戻り、荷物を整理しながら軽く掃除をしていてふとイアリアが思ったのは、結局ずっと左肩の辺りに着けている木の札の事だった。これはディラージという国境に位置する重要拠点で、魔力を探知する魔道具が反応しなくなるという効果のものだ。
冒険者ギルドからは「所持している魔道具が反応しないように」と渡されたものだが、イアリアは現在進行形で逃亡中の魔石生みだ。つまり、魔力を身の内に持っている。
なので、ディラージの中を平然と歩き回れるのは、この木の札のお陰となる。……のだが、この木の札は、冒険者ギルドディラージ支部から借りている物だ。と言う事は、ディラージを出る時には返さなければならない。
(でも、門の所でも魔力の探知は行われているでしょうし……まぁ確かに魔道具を持っているし、今はリトルもいるのだから、そちらだと言い張ればいいかしら)
その、リトル、という名前を持ったタイニーオウルの見た目をした使い魔は、イアリアが追加した毛布などが取り除かれ、すっかり元の状態に戻ったベッドの上で転寝をしている。
……リトル、と言う名前の、少なくとも見た目はタイニーオウル。それに思う事しかないイアリアだが、緩く頭を振って蘇りかけた記憶を封じ込め直した。
何故ならそれは、その記憶は、イアリアがまだただの村娘で、生まれた村でこのまま生きていく事を疑っていなかった……否、それ以前に、外の世界と言うものを知る、その前の記憶だ。
(本当に。あの頃は楽しかった……と言うと年寄り臭いけれど)
大事な物や必要な物は全てポーチやマジックバッグに詰め込み、荷物を持っているというアピールの為に背負うタイプの鞄をそれなりに膨らませて、気のせいかぷぅぷぅと鼻息が聞こえるような寝姿のリトルを眺めるイアリア。
手を伸ばして撫でてみれば、金属とは思えない柔らかな触り心地だ。非常に上等な羽毛の手触りは、やはり記憶を刺激する。何せ……記憶にあるそれと、ほぼ一緒なのだから。
そう。動揺の余りに接客をしている青年の前で失言をした通り、イアリアはタイニーオウルの実物を知っていた。だけでなく、その飛ぶ姿も、寝ている姿も、世間一般では鳴かないんじゃないかと言われるほど珍しい鳴き声も知っている。
何故なら、幼い頃のイアリアが村の近くにある森の浅い所で遊ぶ際、その遊び相手がタイニーオウルだったからだ。リトル、というのは、そのタイニーオウルに幼いイアリアがつけた名前である。
小さいからリトルとは、我ながら安直よね……。と、現在のイアリアは思っている訳だが、ともかく。違うのは分かっているが、まるであの時のタイニーオウルがやって来てくれたような気分になるイアリアだ。
そこまで思考が及べば、必然的に本物のリトル……生まれた村の近くに住んでいるタイニーオウルにも考えが及ぶが、イアリアは使い魔のリトルを撫でる手を止めて、口を引き結んだ。
(……無事だったとしても。きっと、人間に近寄ってくることは、無いでしょうね。たとえ私でも。むしろ、攻撃されても何もおかしくないわ)
何故なら。イアリアは、生まれた村から、人攫い同然の形で引き剥がされている。それはイアリアが魔力を持っている魔法使いであり、それがその村を含めた領地を治める貴族に知られたからだが、それが判明した理由というのは、イアリアにとって苦い思い出だからだ。
魔力の扱いと言うのは、基本的には感情の扱いと同じだ。当然、当時幼い子供だったイアリアに感情のコントロールなど出来る訳が無い。まして子供は、ちょっとしたことですぐに感情を爆発させる。
イアリアの場合、本物のリトルと遊ぶのが「いつもの事」になり、森に毎日のように通っている事を父親に怒られ、二度と会ってはいけないと言われたことが切欠だった。
(まぁ、親からすれば当たり前よね。森で子供と遊んでくれる「何か」なんて、警戒するに決まっているわ)
だが、当時の幼いイアリアは、普段構う事も無く、叱るばかりで褒める事は無く、他の兄弟にばかり構っている父親から一方的に大事な「友達」を否定されて、我慢が出来なかったのだ。
その時の事はよく覚えている。おとうさんにりとるのなにがわかるの! と、怒りから熱い涙を浮かべながら叫んだ瞬間……正面に居た、恐ろしい顔をしてこちらを叱っていた父親が、吹き飛んだのだ。
父親はそのまま家の薄い壁を突き破り、隣の家の壁に叩きつけられた。顔色を失って父親に駆け寄る母親。そしてとばっちりを受けないように遠巻きにしていた兄弟の、化け物を見るような視線。
(……その時は、家の壁が壊れただけで、他には何も被害が出なかったけれど)
小さな村だ。ちょっとでも変わった事があれば、すぐに村中に知られる事となる。そして運悪く、その時村には行商人が滞在している所だった。周囲を見る事が難しいから仕事は終わり、けれど出歩く事が出来ない訳ではない、という明るさの空だったというのもあるだろう。
瞬く間にイアリアが魔法使いであるという事は村中の誰もが知る事となり、それから間もなくして……村は、盗賊の一団に襲われた。その騒動で誰もが逃げ惑う中、親とも兄弟とも距離を置かれていたイアリアははぐれてしまい、そこを攫われた、という訳だ。
後に、その盗賊の一団は、イアリアを無理矢理養女にした貴族の仕込みだったとイアリアは知る事になる。だが、その盗賊の一団は村だけではなく、森にも火を放っていたのだ。
(たかだが子供1人を攫う為だけに、村1つを潰すなんて、ね。……あぁ、本当に、貴族なんて大っ嫌い)
恐らくは、イアリア「以外」が報酬だったのだろう。そんな経緯だったので、イアリアが生まれた村はもうない。親兄弟も知り合いも、会いたいと思う事は無いが、無事でいる可能性はとても低いだろう。
学園でもうんざりする目に遭っていたイアリア。それで貴族嫌いに拍車がかかったのは間違いないが、元々貴族と言うものは嫌いだった。その一番最初の原因を再確認して、うんざりとした息を吐いたのだった。
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