第20話 宝石は受け取る

 豊穣祭が終わるタイミングになれば、護衛依頼はそれこそ山のように寄せられるだろう。元々そのどれかに乗っかってディラージを離れるつもりをしていたイアリアだが、事前に希望を伝えておいた事で、その中でも一番魔薬の研究に向いた……言い換えれば、人の出入りがほとんどない場所への護衛依頼が回ってくる筈だ。

 冒険者達の前でもずっと分厚い雨の日用のマントで全身を隠していたイアリア。もちろんマントを脱ぐという選択肢がない以上、目立つ格好で人前に出て行けば、こちらを探している間に居場所を知らせるだけだ。

 なので、その日と翌日は、宿の部屋でごろごろだらだらして過ごしたイアリア。外はお祭りだと言うのに、ガン無視である。


「……調合用の鍋ぐらいは探してみても良かったかしら」


 そしてさらに翌日。豊穣祭ももう何日も残っていないという事で、人通りの多さは変わらないが、そのざわめきの内容が祭りそのものを楽しむというより、土産物を選んで帰る準備をするという感じのものに移り替わりつつある中を、イアリアは職人通りへと向かっていた。

 流石に何もしなさすぎではないだろうか、と自分に疑問を持ったイアリアだが、ディラージに来てからのあれこれを考えるとどうしようも無かったわね、とすぐに自己完結する。

 のんびりと朝寝をしてからの出発なので、魔化生金属ミスリルを加工できる店に辿り着いた時には、既に太陽は大分高い所に昇っていた。だからと言って職人通りに人が増えている訳では無かったので、イアリアとしては大変助かっている。


「来たわよー」

「おう、親方から受け取ってるぞー」

「いよいよ接客する気が無いわね。私が言うのもなんだけれど」

「何か問題あるか?」

「まぁ、ないわね」


 相変わらずカウンターの内側でやる気無さそうに座っている白髪の青年とそんな会話を交わし、イアリアはカウンターの前に立った。青年はカウンターの下からあるものを取り出して、カウンターの上に置く。

 イアリアが加工を依頼した「魔物化した魔化生金属ミスリル」は、使い魔だ。だから少なくとも見た目は生き物に見えるように、という加工を依頼したものの、その内容についてはお任せだった。なのでカウンターの上に乗せられたそれを見て、真っ先に出てきたのは驚きだ。


「ほい、ご注文の使い魔だぞー。これならそのマントの内側に隠しっぱなしでも問題無いだろうし、小回りがきくし、飛べるし、色々便利に使えるんじゃないか?」


 カウンターに乗せられていたのは、鳥かごだった。その中で止まり木に止まって大人しくしているのは、一見すると白い羽毛と銀色の目を持つ、丸くて小さな梟だ。恐らく、イアリアが両手を揃えていれば、その上で寝転がる事が出来る程度の大きさだろう。

 イアリアの知る限り、最も小さな猛禽類だ。くり、と首を傾げる所を見ても、丸い形に変化はない。金属だという事を忘れそうな程柔らかな見た目のそれは、ある意味でとても有名な生き物の姿だった。


「……驚いたわ。どこからどう見てもタイニーオウルじゃないの。これはこれで、賢くて臆病で滅多に姿を現さない小さな賢者をどうやって手懐けたのかって質問攻めにされそうね」

「おっ、詳しいな。見たことがある感じの言い方だぞ?」

「気を付けるわ」


 タイニーオウル。その性格と知能から、魔物だとか霊獣の使いだとか色々言われている、目撃情報があまりにも少ないためにその生態がよく分かっていない生き物である。

 人前に出てくること自体が少ないので、見るだけで幸運が訪れるという話もあるくらいだ。もちろん目の前で鳥かごに入って大人しくしているのは、その姿をしているだけの「魔物化した魔化生金属ミスリル」なのだが、それを知っていても生きているとしか思えない。

 鳥かごの入り口は開いている。イアリアがそっと手を差し出してみると、白い羽毛のタイニーオウルは翼を広げて飛び移って来た。驚いたことに、加工前より軽い。


「そう言えば、さっき飛べると言っていたように聞こえたけれど?」

「飛べるぞ? タイニーオウルが飛べないなんて有り得ないからなー。羽音とかもほぼしないし、その辺全部見た目通りだと思ってくれたらいいぞ」

魔化生金属ミスリルの加工ってそこまで万能だったかしら……」

「そこは親方の腕前だな!」


 飛び移って来たその頭を撫でてみると、実にふわふわと柔らかい。完全に羽毛の手触りだった。加工方法は全く分からないが、加工を行った親方の腕前が良いと言うのは疑う余地が無いだろう。

 しかも、気持ちよさそうに目を細めるあたり、完全に生き物だ。……いや、「魔物化した魔化生金属ミスリル」なのだから、分類としては間違いなく生き物ではあるのだが。


「あー、その白くなってるのも染めたとかじゃなくて加工の一種だから、雨にぬれても色が落ちたりはしないぞ。流石に本当の羽じゃないから、濡れてもしぼまないけどな」

「タイニーオウルの羽はとても水を弾くのよ。霧の中でも飛べるくらいにね。色落ちしないのなら、ますます見分けは付かないわ」

「やっぱり詳しいな?」


 探りを入れるような白髪の青年の言葉には答えず、イアリアは使い魔である見た目梟を乗せた右手を、マントの下に引っ込めた。ごそごそと見た目梟はしばらく動いていたが、イアリアがベルトにつけている、内部空間拡張機能付きの鞄、マジックバッグの上に落ち着いたようだ。

 すでに加工の代金は全額前払いしてあるので、これで用件は済んだとなる。青年が鳥かごをカウンターの下に戻して姿勢を戻したところで、イアリアは分かれの言葉を口にしようとして。


「あぁそれと、そいつ。親方が言うにはネームドだってさ。名前は「リトル」。可愛いな」


 そんな感じで追加された言葉に、は? と、こぼれそうになる声を、全力で喉の奥に押し込める事になった。



 何故なら、その名前は、イアリアにとって思い出の物だったからだ。使い魔である「魔物化した魔化生金属ミスリル」を見てから刺激されていた随分と昔の記憶が、一気に鮮明になる。

 そう。先ほどからちょいちょい突っ込まれているように、イアリアはタイニーオウルという生き物を見たことがあった。だけでなく、ある程度その生態に詳しくなる程度に触れあっていた時期がある。

 だがそれは、まだイアリアがただの村娘だった頃。生まれた村で、まだ大人を手伝うまでにはいかず、けれどじっともしていなくて、村の近くではあるが、森にも出入りしていたころの話だ。



 不意打ちで蘇って来た記憶と、それに伴う郷愁を、ぐっと飲み込み直して。せめて声だけは平常を装うために、イアリアが精神力を総動員した。


「――…………そう。じゃあ、そう呼ぼうかしら。名付けをどうしたものかと悩んでいたから、ある意味有難いわね」

「あっはっは、名前のセンスに自信がない口か! 普通はネームドの魔物ってとこに引っ掛かるもんだと思うが!」

「2回も変異を起こしているのよ。名前ぐらい認識しているでしょう」

「ま、そりゃそうだ」


 どうやら白髪の青年の反応を見る限り、取り繕いは上手くいったようだ。と、イアリアは判断して、自分がそれ以上のボロを出さないうちに、急いで店を後にするのだった。

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