第19話 宝石は探される
料金については、ディラージについてから稼いだ分だけでも結構な金額になっているイアリア。確かに日常の買い物からすれば桁がいくつも違う支払いだったが、それは予想していたので、その場で支払う事が出来た。
義腕については贈り主を伏せて配達してもらい、「魔物化した
そこからは適当に祭りに混ざり、雑踏を移動して、適当な所で部屋を取った宿に引き上げてぐっすりと眠ったイアリア。もちろんその翌日は、のんびりと朝寝をしてから冒険者ギルドに顔を出す。
「…………私を探している人物がいる、ですって?」
「はいー。ちなみに、アリア様自身にお心当たりはー……」
「ある訳ないじゃない」
「ですよねー」
そしてそこで、あんまり働く気もないのでやる気なく注文票の群れを眺めているとカウンターから声を掛けられ、投げられた問いの内容がこれだ。
実際の所は大いに心当たりがある訳だが、ここは呆れを混ぜつつきっぱりと言い切るイアリア。内心で、最近情報収集を怠っていたわね、と舌打ちをしているが、それを隠し切る事も忘れない。
万が一にも「冒険者アリア」が「元魔法使いで現魔石生みのイアリア」だとバレてはいけないのだ。それぐらいの面の皮の厚さは、突貫で詰め込まれた貴族教育によって獲得している。
「まぁ、一応どんな用で、どんな姿で、どんな風に探しているのか聞いておきましょうか。私に心当たりが無くても、向こうにはあるかも知れないのだし」
「それがですねー。どうやらアリア様に納品して頂いた、あの小樽入りの魔薬の製作者は誰だ、と言われましてー……。もちろん依頼で納品して頂いたものですからー、情報の開示はお断りさせて頂いたのですがー」
「あれを? 危険人物じゃない」
「ですよねー」
後手に回った、と、内心顔をしかめているイアリアだが、それはそれとして情報を集めるべく質問を返した。ただしそれに対する回答で、今度こそ深く被ったフードに隠した顔をしかめる事になったが。
何故一足跳びに危険人物という判定になったかと言えば、もちろんあの強力な爆発を起こす魔薬がとびっきりの危険物だからだ。製作者を探しているという事は、その魔薬を望んでいるという事になる。
危険物を望む、それも、ただ望むだけなら依頼を出せばいい所を、わざわざ製作者の情報を求めるというのは、危険物を大量に望む、という事だ。女性職員も同意を示したので、この理解は何も間違っていない。
「格好はですねー。ちょうど、普段のアリア様と似たような感じでしたよー。背は大分高かったですしー、声も低かったのでー、男性だと言う事は分かりましたがー」
「この格好に近いって……自分で言うのもなんだけど、完全に不審者よね」
「ですよねー」
そして、現在のイアリアと同じく、全身を隠した姿だったという。普段のイアリアが不審者を見る目を甘んじて受けているように、確実に不審者だ。しかもこの豊穣祭の最中に、よく捕まらずに冒険者ギルドまで来れたものである。
そんな見るからに不審者と言う格好をした、背丈及び声から男が、危険物である強力な爆発を起こす魔薬の製作者を探している……と、なれば。
「私が言うのもあれなのだけど……その場で捕まえてしまっても文句は出なかったんじゃないの?」
「本当にそうなんですけどー、一応、開示は出来ないと伝えた所、あっさりと引き下がって去って行かれたのでー。他に冒険者の皆様もいませんでしたしー」
「……まぁ、実際に捕まえる人手が無ければ無理があるわよね。本当に私が言えた事では無いのだけど、何が出てくるか分からないのだし」
ここまで来れば、イアリアも把握する。つまりこれは、冒険者ギルドからの警告なのだ。イアリアを探している不審者が居るから、身辺に気を付けろ、という内容の。
本当に、優秀と肩書がつく冒険者をやっていて良かったと内心でしみじみ思うイアリア。これが一山いくらの、どれだけ失われても構わない冒険者であれば、警告などと言う上等な物は来なかっただろう。
……とはいえ、それはそれ。イアリアが警戒を強めるのは当然として、この場合取れる最善の手段は、今すぐにディラージを出て行ってしまう事なのだが……。
「……困ったわね。流石に豊穣祭の真っ最中で街を出れば目立つでしょうし、それに、注文したものの受け取りが2日後なのよ」
「それは確かにそうですねー。……注文に関してはー、冒険者ギルドを経由して送付いたしますかー?」
「相当に特殊だから、出来れば直接受け取りたいのよね……。それに、あの魔薬の事を知っている、というのが既に不可解なのよ。もちろん、多くの人目に触れたでしょうし、冒険者の手柄話は止められないのだけれど」
「そうですねー」
ううん、と、分厚い雨の日用のマントの下で腕を組んで悩むイアリア。しかし、何か良い案が浮かんでくる訳ではない。カウンターの向こうに居る女性職員も考えているようだが、そちらからの発言も無い。
しかし……。と、イアリアの思考は、少しだけずれた。まさか、魔薬を目当てとして探されるとは思っていなかったのだ。何せイアリアの心当たりとは、名目上の実家からの追手である。
ある意味とても典型的な貴族であったサルタマレンダ伯爵は、イアリアの事を魔法使いと認識している筈だ。現在はその認識が魔石生みに変わっているだろうが、だとしても、魔薬師とは思っていない筈である。
(どういう事かしら。あのお父様が追わせるなら、魔薬ではなく魔石の納品数や、もっと直接的に容姿を聞く筈よね。……まさか、実家抜きで何か別のヤバい奴を引っかけたのかしら。だとしたら、追われる理由が増えたって事になるけれど)
いずれにせよ、此処で悩んでいても答えは出ない。
警戒と、いつでも撃退できるように準備は怠らないようにしようと決めて、イアリアは顔を上げた。
「……そうね。話は変わるのだけど、出来れば、護衛依頼を探しておいてくれるかしら」
「はいー。どちらの方面に行くご依頼でしょうかー」
もちろん話は何も変わっていない。その全身を隠した謎の男から逃げる為の手段として、護衛依頼を受けるのが一番自然だと言う事だ。そしてディラージの豊穣祭はあと数日で終わる。それが終われば、本格的な冬が来る前に帰るべく、国中に人が散っていくだろう。
その意図をつつがなく受け取ってくれた女性職員に、イアリアは少し考えてから、希望を言葉として提示した。
「出来れば、ディラージから北の方向……そうね、山間の農村をまとめる小さい町がいいわ。最近忙しかったから、冬の間に腰を据えて、魔薬の研究をしたいのよ」
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