第18話 宝石は注文する

 使い魔契約を交わした「魔物化した魔化生金属ミスリル」についての注文票を書き終えて、イアリアは、ディラージに行けるとなった時からひそかに目的としていたものを取り出した。

 一応念の為に、職人通りに他の人間がいないかを確認するという徹底ぶりに、カウンターの内側で遠い目をしていた白髪の青年は、何だか嫌な予感を感じたようだ。

 もっとも、嫌な予感を感じていたところでイアリアに逃がす気は無かったし、そもそも「魔物化した魔化生金属ミスリル」の実物を加工する依頼を受けた時点で逃げ道は完全に断たれていたのだが。


「これなのだけど。あぁ、手に入れた手段はとても真っ当なものよ。何の曰くも無いし追及されても何も問題は無いわ」

「前置きが既に不穏なんだよなぁ。……金庫って時点ですごく嫌な予感がするんだよなぁ!」

「諦めなさい」


 そしてイアリアがカウンターの上に、内部空間拡張能力付きの鞄、マジックバッグから取り出して乗せたのは、結構な大きさの、丈夫そうな非常に金庫だった。扉を2人の間に向けて、対面となっている青年とイアリアの正面を避けて置かれたそれから、白髪の青年は逃げるように上半身を逸らしている。

 もちろんイアリアに逃がす気はない。なので特にもったいぶる事も無く、鍵のかかっていないその金庫をぱかっと開いた。


「……えぇえぇええ~。なにこれ。うわぁ。なにこれ」

「見てのとおりよ。あなたの方が詳しいでしょう?」


 その中に納まっていたものを見て、店員の青年は言葉から内容が消えていた。イアリアはその様子を意に介さず、中に入っていたそれを両手で掴んで引っ張り出す。

 もにーん、と、一見柔らかそうな動きで引き出されたのは、イアリアなら両手に持ってかぶりつくパンぐらいの大きさをした、白銀色に輝く金属の塊だった。イアリアがその半分以上を金庫の外に出すと、残りも外へ出てきて、葉に乗った水滴のような形で落ち着く。

 もちろん、こちらも魔化生金属ミスリルだ。ただし、その大きさは比べものにならない。そして問題なのが、この白銀色の金属光沢は、銀ではない、と言う事だ。



 ……そう。以前イアリアが、とある用事でベゼニーカという街に行った際、その近くに根城を構えていた盗賊を一網打尽にするついでに、その根城にあった宝で足のつかなさそうな物を回収した際、混ざっていたものだ。

 もちろん、盗賊が持っていた物は、基本的にその盗賊を退治した誰かに権利がある。上手くいけば一攫千金と言う事で、冒険者や傭兵と言った荒事に慣れている人種にとっては美味しい仕事だ。

 イアリアも、商人都市という別名を持つベゼニーカに来たから、せっかくなら珍しい物を買いたいと思って、その資金調達……お小遣い稼ぎの感覚で盗賊のアジトに手を出したのだが、その盗賊が思った以上に規模が大きく、溜め込んでいた物も相応に問題があるものだったりしたのだった。



 宝石の類は半分ぐらいは換金できたし、同じく問題だった書類の類はベゼニーカの治安を維持する組織に丸投げしてきた。そして残っていたのが、この特大できかない魔化生金属ミスリル、という訳だ。

 当たり前だが、こんな不思議物質の加工は難易度がとても高い。だからこそこのディラージ、鉱山都市の異名を持ち、実際に金属加工ならば他に並ぶものの無い場所に来るとなって、一縷の望みを託していたのだ。

 そしてその加工が出来る職人の工房に、ほぼ初日で辿り着けたのは、間違いなく幸運と言っていい。そして、途中で色々と想定外な事も起こったが、イアリアはこの工房に、何としてもこの魔化生金属ミスリルを加工してもらうつもりで動いていた。


「いや、なにこれ……見た事ない。なにこれ。なにこの大きさ。バスタードソードどころか、ロマン武器な折り畳めるツーハンデッドソードでも作れそうなんだけど」

「……ろまんというのは分からないけれど、この大きさでツーハンデッドソードが作れるの?」

魔化生金属ミスリルは特殊だからなー。使い傷みがほとんど無いから、薄く作っても問題無いんだ。作る時にちゃんとしとけば、必要な時だけ密度を上げられるし。って、親方から事あるごとに聞いてる」

「なるほど。じゃあ、見た目はこれより大きい物も作れるのね。良かったわ」

「良かった?」


 うーわー。とばかり、その希少性を理解できるが故に言葉の種類がまとめてどこかへ消えていた青年だが、イアリアが口に出した素直な感想に、大きな魔化生金属ミスリルをつつきながら首を傾げた。何が良かったのだろうか、と言わんばかりの視線に、注文に必要な事だから、と、あっさりイアリアは告げる。


「作って欲しいのは、義手だからよ。腕丸1本分だから、義腕と言うべきかしら。女性だからまだ細い方だと思うのだけれど、流石に少し小さいかなと思っていたの」

「んん? ……でもお嬢さん、両腕揃ってるよな?」

「贈り物、と言ったでしょう?」


 先ほど、この大きな魔化生金属ミスリルを金庫から取り出すときに、両手を使っていたのを見ていた青年。不思議そうに首を傾げるその姿に、イアリアは問いの形で答えを返した。つまり、自分では無いのだと。

 あぁなるほど。と何度か頷いた青年。どうやら納得したようだ。


「確かに、魔化生金属ミスリルの義手ならそこまで使い手の情報はいらないからなー。実際に着けたら合うように作ればいいんだし」

「貴族がわざわざ足を運ぶのだから、贈るのもお任せしていいわよね」

「あれなんか仕事が増えてるぞ? 確かに大抵の貴族はこの店からの贈り物は拒まないけどな?」

「やっぱりこの工房の親方は大物じゃないの」

「腕が無いのに客を選り好みしたら、雇われ共々路頭に迷ってるさ。たとえ受付接客用の1人だけだとしてもな」


 肩をすくめた白髪の青年は、ようやく落ち着きと余裕を取り戻したようだ。で、誰に贈るんだ? と続けられた言葉に、イアリアは、やはりあっさりと答えた。


「現状最高の魔法使い、衰えを知らぬ天才――「永久とわの魔女」へ。……ちょっとした縁と恩があってね。こっそりとした恩返しよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る