第17話 宝石は来訪する
そのままイアリアは金属のような不定形生物が入った瓶を、分厚い雨の日用のマントの下に押し込み、足取り軽く鉱山を出て行った。細工をした魔石が取り込まれた事も確認しているので、目的は達成できたと言っていい。
そこから人混みを避けてガラガラの冒険者ギルドに向かい、くじ引きでハズレを引いたらしい職員に「『岩喰い』が根城としていたらしい鉱脈を発見したので一旦戻って来た」と説明し、今日の分の仕事をおしまいにする。
そして一旦部屋を取っている宿に戻り、ざっくりと土ぼこりを落として汗をぬぐい、持ち歩いていた中でも特に危険物な物を部屋において、再び部屋を出て行った。
どこもかしこも文字通りのお祭り騒ぎになっている中をすり抜けるようにして向かった先は、祭りの騒がしさが遠い、影のような場所だった。
「あら、このお祭りの最中に開いているなんて、本当にこのお店は変わっているわね」
「その祭りの最中に来る客の台詞じゃねーなー。なんだい、冷やかしさん?」
「今回はお客なのに、失礼しちゃうわ」
「ほんとかなぁ」
それは職人通りと呼ばれる、文字通り道の左右に工房が並ぶ通りだ。半分ほどは店舗を兼ねているが、大半は卸を主としている。その為豊穣祭の最中で合っても屋台等は無く、まだ夕方と言うにも早い時間だと言うのに、人通りがほとんど無かった。
その中にある工房兼店舗のうち、イアリアが訪れたのは、以前貴族に難癖をつけられていた店舗だった。そう、あの
カウンターに上半身を預けて、半分以上寝ているような白髪の青年は、イアリアが来た事で体を起こした。が、相手がイアリアとみると、そんな事を言ってすぐに姿勢を戻す。顎をカウンターにつけて、顔だけを正面に向けるというぐうたらっぷりだ。
「これ、何に見える?」
「んん?」
そんな青年の目の前にイアリアが置いたのは、パッと見ると金属が入った瓶だった。そこそこの大きさがある瓶の3分の1ほどが金属光沢のある何かで埋まっている。
やけに蓋が厳重に閉めてあるが、置く時に揺れたのを見ると、水銀だろうか、とでも思ったのだろう。白髪の青年はカウンターに顎を付けたまま、こてん、と頭を横に倒した。
……が、しばらく見ている内にその眉間にしわが寄っていく。そして何かに気付いたように目を見開くと、ようやく上半身を起こした。
「
「と、思うでしょう?」
「え? いや、
フードに隠したその下で、にんまりとした笑みを浮かべつつ、イアリアは瓶の蓋を開け始める。しばらくかけて蓋を開き、イアリアは瓶の内側を、左手の人差し指で軽く叩いた。
すると、ぬるりと中に入っていた金属が持ち上がり、イアリアの左手の上に移動していく。するすると移動した金属の塊は、イアリアの左手首の上を中心として、水をはじく葉に乗った水滴のような形になった。
それを見て、あんぐりと口を開けて呆気にとられる青年。ふふん、と、イアリアは得意げに鼻を鳴らした。
「……は……?」
「
「は、あぁ、うん……?」
「でもあくまで金属は金属。自発的に動く事は有り得ない。まして、人の指示に自発的に従うなんて絶対に不可能。……と言うのが、一般常識」
「そうだが。そうだな……?」
その、自らの口で語った一般常識を、行動で真正面から否定して見せてから、イアリアはフードにしっかりと隠した顔を、にっこりと満面の笑みに変えた。
「じゃあ。生物としての特性を手に入れる、という変異が起きた
突然の問いかけに、青年は呆気にとられながらも考えていたのだろう。そして、恐らく、以前イアリアがこの店に来た時に口に出した事を思い出したようだ。
「っ! そうか、「メタルスライムの希少種」!! そうか、そうか! 動く金属の塊ってのは、魔物化した
「と、思って探してみたら、大正解よ。魔物なら使い魔契約が結べるもの。何せ、魔石に契約を行う為の魔法陣を刻めばいいだけなのだし」
「つーかそれだと、待て、ちょーっと待て!? その
「それはこれからやってみなければ分からないわね」
……
の、だが。既に変異した物がさらに変異する、という確率が低いのは当然として、それが更に成長する……すなわち、塊が大きくなる、という可能性が、ここに確認された。
と言う事は、つまり。この事実が、大衆の知るところになれば。
「んあああああああ! もー! 何でそんなトンデモなモノ持ち込むかなー! こちとらこの小さな店と工房でやりくりしてる弱小だぞー!」
「あら。親方が客を選ぶから敢えてこの小さな店なんだと以前に聞いたけれど?」
「んんんんん!!」
控えめに言って、血眼になって「メタルスライムの希少種」こと、「魔物化した
そしてこの店舗に持ち込んだという事は、当然ながらイアリアはこの、使い魔契約……魔物に対し、対価と引き換えに従属を課す契約……を結んだ魔物化した
「儲け話を持ち込んだのだから、喜ばれる事こそあっても邪険にされるいわれは無いわ?」
「有象無象の質問攻めは時と場合によって拷問なんだよなぁ……」
それが知れ渡った瞬間、この店舗と、目の前で店員をしている青年の平和は、少なくとも当面失われる、という事だ。
「だったら、依頼人については黙っていればいいんじゃないかしら。ついでに、
「わぁい無茶ぶりだー。分かった分かった、親方に伝えとくし、特急で仕上げてくれるように念を押しておく」
「ついでに、ちょっとした贈り物も作って贈ってくれると嬉しいのだけど。もちろん依頼主は秘密で」
「ここぞとばかりにねじ込んでくるなぁ」
そしてそれを回避するための手段は、依頼人であるイアリアの存在を伏せておくしかない。ついでに言うと、イアリアが何も言わずとも、この「魔物化した
そしてそれらを何とかしても、イアリアが一度自慢話として使い魔の事を喋ってしまえば終わりである。……そしてそれを防ぐための口止め料として、更に無理な注文をねじ込んでいくイアリアだった。
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