第16話 宝石は探索する
豊穣祭も残り5日となり、盛り上がりも一際となった頃。あるニュースが鉱山都市ディラージを揺らした。
その内容は、ディラージに住む者なら一度はその名を耳にしたことがある、非常にしぶとい魔物、確定しているだけで何人もの犠牲者を出している生きた災害……『岩喰い』と呼ばれる超巨大なメタルスライムが、とうとう討伐された、というものだ。
最初こそ半信半疑だった住民達だが、その後冒険者を中心とした討伐時の自慢話や、坑道を仕事場とする人間達による騒動話によって徐々に真実だという事が浸透していき、トドメに、それこそ『岩喰い』のような巨大な魔物からでもなければ手に入らないような魔石が、鍛冶師組合本部の建物の前に設置された。
「まぁあんな大きさに加えて、色が複雑に入り混じった魔石、そうそう無いわよね。……使い勝手は最悪でしょうけど」
なので、豊穣祭の締めに向けての盛り上がりは、更に一段と勢いを増す事になった。恐らく、ここから祭りが終わるまで徹夜続きとなる人間が、何人もいる事だろう。
で、そんな事を思うイアリアが何処にいるかと言うと……。
「さて、お仕事お仕事、と」
騒ぎが終わった後の、鉱山の中。『岩喰い』を討伐する為に、あちこちが繋げられ、崩落し、外からこそ分からないが、内部は相当に滅茶苦茶な事になっている場所に居た。
ちなみにこれは冒険者ギルドに鍛冶師組合から寄せられた正式な依頼であり、出来れば早めに、と注釈が付いているものだ。まぁ、現在の鉱山の内部を考えれば、当たり前の事ではあるのだが。
とは言え、流石に依頼を出した誰かも、何なら冒険者ギルドの職員も、この依頼の最短は「豊穣祭が終わった後」だと想定していただろう。何せここ数年で一番の盛り上がりを見せている真っ最中なのだから。
「誰も彼もが出払っているのだから、人目が一切無いのは良い事だわ」
なんて呟きつつ、地図に注釈を加え、修正し、暗い中を蝋燭によるランタンを片手に探索するイアリアが例外なのだ。まさか、人目を避けたいが為にわざわざこんな依頼を受ける冒険者が居るとは思わないだろう。
なお、イアリアとしての主目的は人目を避ける事だが、他の目的もあったりする。そしてそれは、他に誰もおらず、そして出来るだけ早いタイミングで鉱山の中に入れる方が良い事だ。
分厚い雨の日用のマントの下の「用意」を確認し、周囲をしっかりと確認しながら、イアリアは暗く、あちこちが崩れた坑道を進んでいく。もちろん、地図に書き込みをする手を止めてはいないが。
「……あぁ、ここなのね。あの『岩喰い』とかいうスライムが根城にしていたのは」
そしてその先で、ランタンの灯りに金属の光を返す大きな空間に出て、イアリアは呟いた。恐らく『岩喰い』討伐成功の知らせと共に、新たな鉱脈の発見が盛り上がりの加速に一役買っているのだろう。
坑道と呼ぶには歪で小さい穴が無数に開いたその空間は、ボコボコと岩が突き出ていて、思うよりは広く感じない。金属の光を返すのは、その内の半分も無いだろう。それでも、その大きさとしては特大だ。
その新しい鉱脈の場所を地図に書き込み、他にもこの場所へ繋がっていそうな坑道を確認し、まずはそちらを確認するべきか、と、もう一度イアリアは周囲を見回した。
「……?」
そしてその視界の何処かに違和感を覚えて、更にもう一度、じっくりと周囲を見回す。
何か。何か今、おかしかったような。自分以外に動くものの無いこの場所で、何かが動いたような。そんな事を思いながら、そろりと一度地面に置いたランタンに左手を伸ばし、右手は爆発する小瓶を準備して、ゆっくりと、自分以外の全ての方向を警戒し……。
その視界の端で、金属の光が動いたのを見つけて、そちらを勢い良く振り返った。
通常のメタルスライムではない。あれは光を吸い込み跳ね返す事の無い、煤で汚れたガラスのような黒が斑になっている姿だ。だが、ゴーレムという程の大きさは絶対にない。精々、イアリアが散々作った強力な爆発する魔薬が入った小樽ぐらいだろう。
イアリアは大急ぎで岩を回り込み、突き出た部分を乗り越え、ランタンの灯りを跳ね返した動く金属の光を追いかける。相手が光に反応するかどうかは分からないが、見失う事の方が余程悪手だ。
幸い、と言っていいのか、突き出た岩を3つほども乗り越え、回り込んだところで、その金属の光、ランタンの灯りを反射する何かに追いつく事が出来た。もにもにと移動するその不定形生物は、全身が金属の様な色をしている。
「……ようやく見つけたわ」
そう。イアリアが探していた、メタルスライムの希少種、と呼ばれているものだ。
動き自体は通常のスライムと変わらない。イアリアは急いで邪魔にならない場所にランタンを置くと、マントの下からそこそこ大きな瓶を取り出した。それを少し離れた地面に横向きに置く。
そしてその中に、複雑な掘り込みがされた宝石のような物を放り込み、小袋を取り出すと、その中身をぱらぱらと瓶の中に撒いた。だけではなく、瓶の外まで線を引くようにして零していき、メタルスライムの希少種とその線の間に、残った中身をぱっぱと散らした。
「たぶん合っているわよね。合っている筈。目撃情報も、その大半は銀の鉱脈がある場所だったのだし……」
そして、ささっと離れて様子を見る事に徹するイアリア。今零したのは、純度の高い銀粉だ。イアリアの推測が合っていれば、このメタルスライムの希少種、と呼ばれている不定形生物は、純度の高い銀を好む筈である。
また、瓶の中に放り込んだ宝石のような物は、土属性の魔石だった。ちょっと手の込んだ加工はしているが、スライムに限らず魔物は魔力を好む傾向がある。魔力が固まった魔石は、美味しい餌に見える筈だ。
じっと息を殺して様子を見守るイアリアの前で、メタルスライムの希少種、と呼ばれている動く金属の様な不定形生物は、どうやら散らした銀粉に気付いたようだ。もにもにとした動きで銀粉を取り込み始めた。
「…………」
そしてそのまま、線になるように零された銀粉を辿って、横向きになっている瓶へと近づいていく。瓶の口を乗り越え、その不定形生物の全身が完全に瓶の中に入った所で、イアリアは素早く近寄り、瓶の蓋を閉めた。
だけでなく、そのまま厳重に瓶の蓋を固める。ちなみに、瓶自体もディラージで購入した、相当に丈夫な分厚いものだ。メタルスライムは金属を捕食するが、ガラスを食べる事は出来ない。つまり、
「捕まえたわ!」
やったぁ! とばかりに不定形生物が入った瓶を掲げてイアリアが声に出した通り、完全な生け捕りに成功した、という事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます