第15話 宝石は引き籠る

 ディラージを拠点としている冒険者達、及び冒険者ギルドディラージ支部が本気を出して超巨大なスライム……名称『岩喰い』を追いかけているし、それだけの相手ならほぼ確実に出てくるであろうナディネとの遭遇を避けたいのもあって、イアリアはそこから数日、ずっと冒険者ギルドの2階に詰めていた。

 なおイアリアは自分で言い出した制限を撤回するつもりは無く、冒険者ギルドへ納品する、威力が跳ね上げられている爆発する魔薬は、1度に取っ手をつければジョッキになるサイズの小樽で5個までだ。

 それでも作成自体は1時間ほどで済むので、作っては納品し、を繰り返す事で、必要な量はとうに納品できている。ではそれ以降は何をしているか、というと。


「やっぱり、冒険者ギルドともなれば機材が良いわね」

「利用頻度は別としてー、こちらが用意した機材で事故が起こっては問題になりますからねー」


 いつかアッディルという町でやっていた事と同じく、貴重品枠として、威力の高い爆発する魔薬を、冒険者ギルドディラージ支部の金庫へ預ける、という形で、実質的に蓄えているのだった。

 冒険者ギルドには、現金や貴重品を預ける事が出来るシステムがある。これは冒険者ランクがアンコモン以上になれば使えるシステムで、現金の場合は他の支部で引き出す事も可能なので、かなり便利な機能だ。

 そしてその預ける対象には、希少な素材や一点物の遺物も含まれる。冒険者として一般的なのは装備を更新した際、前の装備を予備として預けると言うパターンだ。



 もちろん他の場所で引き出すには移送する為の時間を待たなければいけないが、その金庫の中身は冒険者ギルドが管理してくれる為、よく分からない物はとりあえず預けておくという使い方も出来る。

 ……が、物によっては、その「物」が必要になった冒険者ギルドが、金庫の中身を買い取る形で引き出して利用する、という事もある。もちろん持ち主である冒険者本人に許可を取った上での話だ。

 一部例外として手に入り辛い消耗品が緊急に必要になった場合……重傷を負った冒険者が担ぎ込まれて来たり、急激に疫病が蔓延したり……は事後報告で買い取って使用される事もあるが、この場合は大抵の場合事前に冒険者へ「使ってもいいか」という確認を取っている。



 そう。つまりイアリアが現在作って、冒険者ギルドディラージ支部の金庫に預け入れている強力な爆発する魔薬は、最初からその予定で、在庫として保管する為の物だった。

 流石にここまでの危険物を冒険者ギルドが大量に抱え込むといらぬ疑いを呼んでしまうが、個人の物のままであれば問題ない。そして物自体がそこにあるのであれば、後は買取手続きさえ踏めばいつでも利用可能な在庫になる、という事だ。

 なおこの場合、個人のものであるという建前があるので、その作成に冒険者ギルド2階の、納品物を作成する為の作業場を利用するのは、厳密に言えばダメな事なのだが……。


「いやー、アリア様には本当に助けて頂いていますねー。ディラージ支部では納品依頼が少ないのでー、機材を使う機会が本当に少なくてー」

「機材の点検だけでお金がもらえるなんて、とっても手軽で美味しい依頼だわ」


 ……という建前を追加して、セーフだと言い張るつもりのようだった。見た目と口調はのんびりしている女性職員だが、実に強かで抜かりが無い。冒険者という命知らずを日々相手にしているだけはある、というべきか。

 イアリアは鉱山には向かっていないが、女性職員が雑談をしながら資料を整理する、という形でチラ見させてくれる報告書によれば、どうやら『岩喰い』は鉱山内部を逃げ回っているようだ。

 あの大きさで良くもまぁ、とイアリアは一周回って感心したのだが、それが不定形生物の強みであり、あそこまで巨大になるまで生き延び続けた理由の内、一番大きなそれなのだろう。


「どうやらー、あの地底湖があった様な空隙が、他にも何か所かあるようですねー。鍛冶師組合の方からも人を出して貰ってー、廃棄されたものも含んで、坑道の大規模拡張中ですー」

「……坑道の中に棲みついている魔物が滅茶苦茶に刺激されてそうね」

「冒険者の皆様はー、稼ぎ時だと張り切っておられるようですよー」

「元気そうで良かったわ。私はやらないけど」


 冒険者の姿が見えないがどうなっているのか、という話題に対する返答で、鉱山の方は豊穣祭の真っ最中である街中と変わらない程度に賑やかな事になっているのを察したイアリア。もちろんそんな場所に行く訳が無い。

 しかしそれにしても……と思い出すのは、明言した通り冷やかしで終わったあの魔化生金属ミスリルの加工が出来る店だ。そこそこ勝算があったから、イアリアにしては意味深な言葉を言い置いてきたのだが。


(この分だと、あのお店に行く前に街を出る事になるかしら)


 再び冒険者ギルドの2階に向かいながら、イアリアはしっかりと下ろしたフードの影で、ひっそりと憂鬱な息を吐きだしたのだった。

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