第14話 宝石は報告する
走りながら爆発する小瓶を袋に詰め込み、周辺被害を無視して一瞬の威力を跳ね上げたものを投げつけて、イアリアは何とか廃坑道から脱出する事に成功した。その足でそのまま冒険者ギルドへ飛び込んで、超巨大なスライムの存在を報告する。
「はははまさかー。そんな巨大なスライムがいたらー、とっくに騒ぎになってますよー」
「騒ぎにはならないでしょうね、待ち伏せをする程度の頭がある個体なんだから。今すぐあの廃坑道の調査記録を洗い直して。死体の見つからない行方不明者は何人出てるの?」
「……えっ、本気ですかー?」
「本気も本気じゃ無きゃここまで全力で走ってこないわよ……!」
という会話はあったものの、ちょうど昼時だった為数名の冒険者が戻ってきていたので、イアリアはもう一度確認の為に廃坑道へ向かう事になった。イアリアは全力で警戒していたが、同行した冒険者達は半信半疑と言った様子だ。
……が。それも、イアリアが逃げ際に爆発する小瓶を詰め込んだ小袋を投げつけた辺りまで来て、そこに天井までべったりと黒い油の様なものは張り付いている……スライムがダメージを負った跡があるのを見つけるまでだった。
極めつけにそのダメージの跡は引きずるような形で廃坑道の奥へと続いていて、周囲を探しても魔石は見つからない事を確認。ディラージを拠点としている冒険者達は、その痕跡からイアリアの言葉に嘘偽りが無い事を確信して、慌てて冒険者ギルドへ戻っていった。
「マジだった、『岩喰い』だ!」
「手負いになってる、今すぐ火薬を集めろ!」
「此処で逃がすと更に手に負えなくなるぞ、周りの坑道も探せ!」
イアリアは知らなかったが、地底湖が見つかる更に前から、ディラージの鉱山に潜む巨大なスライムは確認されていたらしい。何度も冒険者達は討伐を試みたが、そのたびに坑道を崩したり、岩の隙間に入り込んだりして逃げられ、そのたびに狡猾になる厄介な相手なのだそうだ。
鉱物を主食とする癖に、人間を始めとした生き物も捕食し、事によっては野生のゴーレムやトロッコのレールまで食い散らかすという暴食っぷりで、冒険者ギルドディラージ支部にとって、まさしく不倶戴天の敵らしい。
「いやー、まさかー、廃坑道で待ち伏せをしているとは思いませんでしたー」
「……報酬の上乗せとかって有り得るのかしら?」
「『岩喰い』はその目撃情報から懸賞金が掛かっていますのでー、ダメージらしいダメージを入れたことと併せて、ちゃんとお支払いさせて頂きますよー」
相手が思った以上の大物だったと知って、ちゃっかりボーナスを要求するイアリア。気勢を上げているディラージを拠点とする冒険者達と違って、報告すれば自分の仕事は終わりだと知っているだけに平常運転だ。
「ところで、アリア様ー。以前の、高火力の魔薬の在庫などはありますでしょうかー」
「……既に相当な量の火薬が運ばれているように見えるのだけれど、まだ要るの?」
「念には念を、という奴ですねー。どうやら火薬はー、その匂いか何かを覚えたらしくー、避けられるのでー」
「あぁなるほど、私の魔薬は直撃したものね……。非常用の小瓶なら何本かあるわよ」
「ありがとうございますー。買取手続きをさせていただきますねー」
……平常運転だと思っていたら、実質的に仕事が追加されたが。まぁそれぐらいなら、と、とりあえず文字通り万が一に備え、調査の途中で崩落に巻き込まれた時などに脱出する目的で携帯していた、通常のものとは蓋の形を変えた小瓶をカウンターに乗せるイアリア。
その小瓶を受け取った冒険者ギルドの女性職員は、そのままさらさらと依頼票に何かを書き込んで、すっとイアリアに差し出した。内容は、と見れば、予想通り、高火力の方の爆発する魔薬の作成・納品依頼だ。
ただ、その納品する量が……以前イアリアが、小さな山をくりぬいて作られた砦、山賊により占拠された堅牢極まる戦略拠点を、一撃で吹き飛ばした時の量の、倍はある。
「…………本当に、取り扱いには気をつけて頂戴よ? 量と仕掛け方によっては、本気で山の形が変わるぐらいの威力があるのだから」
「うふふー、分かっておりますよー。地底湖の件の際にー、冒険者の皆様からお話はよく聞いておりますからー」
その、いつもと変わらない緩い言葉と微笑みに、何故か謎の凄みを感じてイアリアは黙った。そのまま自分の冒険者カードを取り出す。つまり、依頼を受けるという意思表示だ。
(……もしかしたら、本気で山の形を変えるぐらいは必要経費なのかしら)
依頼を受注して、魔薬を作成する為に2階へ移動しながらイアリアは口の中で呟いたが……実際の所は、『岩喰い』との戦いに、一旦でも決着がつくまで、不明だ。
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