第13話 宝石は遭遇する

 そこから、2日か3日に1本のペースで廃坑道の調査を進めていったイアリア。本人は全く無理をしていないのだが、どうやら冒険者ギルドからは優秀の評価が付いたようだ。そこにはもちろん魔薬師かつ単独という条件が付いているのだが、それはイアリアの知らない事である。

 という訳で、主にスライムが出てくる廃坑道を狙って探索を続けていたイアリア。廃坑道も4本目ともなれば、いい加減に慣れてくる。出てきたやはり通常と比べると大型なスライムを爆殺し、魔石を拾い上げ、チェックシートに魔物との遭遇地点と魔物の種類を書き込む。特記事項の部分には具体的な大きさを書き込んだ。

 廃坑道の調査自体はとても順調だ。人目を避ける事が隠れた目的だとは言え、イアリアが飽きを感じる程度には。もっとも飽きてはいても警戒は緩めていないし、魔物が出現したら過剰火力を叩き込んでいるのだが。


「……流石希少種と言ったところかしら。全然遭遇しないわね」


 チェックシートは順調に埋めていきながら、イアリアは息と共に呟きを落とした。何の事かと言えば、鉱物を食べるスライムの希少種、見た目には金属がそのまま動いているような個体の事だ。

 イアリアがここまで遭遇してきたのは、大きさこそ規格外であるものの、実体自体は何の変哲もない、煤が混ざってしまったガラスがぶよぶよと動いているような通常個体ばかりだ。

 まぁそう簡単に遭遇するようなら希少種とは呼ばれないか……。と即座に自分で納得しつつ、スライムという不定形生物が相手と言う事で、暗くてよく見えない天井にも十分に警戒しながらイアリアは廃坑道を進んでいく。


「流石にこのままではらちが明かないかしら。何か、撒き餌でも用意できればいいのだけど……私の推測が正しければ、通常のスライムと同じものでは効果が無いわよね……」


 また1つ灯りの魔道具を確認し、チェックシートの空白を減らして、周囲に何の気配も無い事を確認してから、手ごろな大きさの岩を椅子代わりに小休憩を入れるイアリア。現在探索している廃坑道は今までのものより少し規模が大きく、分かれ道が2つあり、一番長い部分の行き止まりに辿り着くには、迷わず足を止めずに行っても5時間ほどがかかる。

 そしてその規模に比例して、ここにはスライムだけではなく、ゴーレムの出現情報があった。スライムとは比べ物にならない攻撃力を持っているので、イアリアとしての危険度はゴーレムの方がずっと上だ。……近寄られる前に爆殺して終わり、という意味で、スライムの危険度が低いというのもあるが。

 周りに巻き込む相手が居ない分だけ好きなように行動できるが、その分自分で危機に気付けなければ即座に命が危うくなる。単独行動が推奨されない理由を、緊張の糸を張り詰め続ける事による疲労という形で思い知りながら、それでもイアリアは小休憩を切り上げて、転がっていた岩から腰を上げた。


「1本目の脇道は昨日調べたから、次は左の道ね。ここでは銀が採れていたそうだから、期待したいところだけれど」


 地図で進むべき道を確認し、チェックシートと共にしまい込んでランタンを掲げる。右手は魔薬を投げ打てるように空けたまま、イアリアは再び廃坑道を進み始めた。

 昨日は右に進んだ道を左に進み、次の分かれ道が見えた所で再び地図を確認。脇道は左なので、万が一の挟撃を避ける為と、埋められる場所から埋めていく方針という事で、左の道へと進む。

 一定間隔で無事に点いている灯りを点検しつつ、時々出現するスライムは爆殺して魔石を回収し、ゴーレムやその他のアクシデントを警戒しながら進むことしばらく。


「行き止まりね。……あら、最後の灯りだけが壊れてるじゃない」


 イアリアの手に持ったランタンの灯りが、天井と床、左右の壁を繋ぐ岩壁を照らし出した。それは良かったのだが、昨日とここまでは行き止まりの壁、その中央に点いていた灯りが消えている。

 ランタンを掲げて目を凝らすと、どうやら発光部分のガラスが割れて、魔石をはめ込む台座部分が歪んでいるようだ。落石でも当たったような様子だ。

 行き止まりの壁際には拳大の石がいくつも転がっているので、天井の一部でも崩れたのだろうか。と、イアリアはランタンの角度を変えて、行き止まりの天井を見上げ。


「――――っ!!?」


 その天井が・・・、ぐにゃりと動いた事に気付くなり、慌てて来た道を戻る方向に走り出した。その背後から、べちゃっ、と、濡れそぼった雑巾を床に落としたような、しかし音量は比べものにならないほど大きい音が聞こえる。

 そのまま、ずるずるじゅくじゅくと湿った音が追いかけてくるのを聞きながら、イアリアは振り向きざま、5本まとめて掴んだ爆発する小瓶と共に、叫びを投げつけた。


「珍しいは、珍しいんでしょうけどっ! あんたみたいなのはお呼びじゃないのよっ!!」


 一瞬、小瓶を投げつけて時間稼ぎをする為に振り返って見えたのは、直径が3mはある坑道を、半分以上も埋め尽くして壁のように迫って来る、超巨大な斑に黒く濁ったスライムだった。当たり前だが、現在のイアリアが1人で相手をするには手に余る。

 と言うか、応援を呼んでも、その応援によっては被害が増えるばかりだ。何せ相手は巨大と言うだけではなく、最低でも、壊れた灯りを餌にして、やってくる人間を襲う、という知恵を付けている個体だ。他に隠し玉が無いとは言えない。

 それこそ地底湖で散々使っていた、あの威力を跳ね上げた爆発する魔薬が、子供ぐらいなら余裕で入ってしまう樽にいくつかは必要だ。そしてそんな相手が居ると知れば、


「確実に師匠と鉢合わせになるじゃない! 逃げる以外に無いわよ!」


 確実に、出張って来る。弟子の1人として、イアリアは知っていた。あの人間の中の規格外は、その実力を振るう事に一切の躊躇いが無い事を。

 ……と言うか普通に考えて、こんな大きさのスライムが居れば村の1つぐらいは普通に全滅する程度の脅威なので、豊穣祭の真っ最中かつ王族が来ている現在、何をもってしても最優先で排除するべき脅威と認識されるだろう。

 となれば、現在のディラージに存在する中で、この国における最高の権力を持って動かせる最強の戦力が動くのは、まぁ当然の話だった。

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