第12話 宝石は探索する

 空気の淀みや毒ガスが溜まっている事を考え、用意する灯りは蝋燭を使うランタンだ。万が一坑道が突然崩れる等で遭難した場合に備えて冒険者ギルドから魔道具の鈴を借りて、同じく遭難に備えた食料と水を内部空間拡張機能付きの鞄、マジックバッグの中に詰め込む。

 現在までに廃棄された坑道から見つかっている魔物は、スライムやゴーレムといった一見無機物に見える、武器を使う攻撃に強いものがほとんどだ。反面、一定以上の規模の爆発には弱い事が多いので、イアリアは爆発する魔薬の小瓶をたっぷりと用意した。

 他にも、溶かしたり燃やしたりと言った搦手も有効である事が多い。また数が多ければ、足止めとして動きを止める手段は必要だ。と言う事で、その辺りもしっかり用意してある。


「……ちゃんと準備をすると、どうしても装備が重くなるのが魔薬師の欠点よね。仕方ないのだけれど」


 なお、通常魔薬師とは後方支援職の事を言い、どちらかと言うと事務作業員の仲間に入る。魔物が跋扈する最前線で戦う事はまず有り得ないし、まして単独行動で魔物との戦闘を成し遂げて勝利するなど、それはもはや魔薬師ではない。

 まぁ普通ではないどころか完全な規格外だから、「冒険者アリア」はここまで将来を有望視されているのだが。という常識と裏事情はともかく、灯りの点検、という名の廃坑道調査・安全確保依頼を受けたイアリアは、しっかりと準備を整えた上で地図を受け取り、さっそく問題の廃坑道へと向かってみた。

 地図によれば、迷わず足を止める事なく進めば、片道3時間か4時間ほどだろう。つまり、十分に日帰りできる深さだ。ただ元々の採掘量も少なく、その後も魔物が大量または安定して出現する事も無かった上に、鉱石の変異も発生しなかったので、そのまま長期に渡って放置されていたようだ。


「浸水も毒ガスの発生もなく、毒にも薬にもならないから放置されていたのね。そして放置される理由が理由だけに、誰も近寄らず放置されるばかり、と。……捨て石場にでもすればいいのに。あぁいや、数は少なくて不安定ではあるけど、魔物自体は発生しているから、一般人は近寄れないのね」


 なおこの場合の一般人とは、魔物との戦闘を前提とした生活をしていない人間、という意味だ。雑に言ってしまえば冒険者や兵士以外の事であり、戦闘力があるかどうかは別とする。

 ちなみにその魔物は鉱石を食べるスライムだ。あの依頼は要調査の廃坑道の中から1つを選ぶ事が出来たので、イアリアはスライムの出現情報がある場所を選んだ。

 もっとも放置されていた為、どのような変化が起こっているかは分からない。その為の調査依頼なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。


「とりあえず、入り口の辺りは大丈夫そうだけれど……まぁ、入り口すぐに魔物の姿があったら、調査依頼ではなく討伐依頼が出ているわよね」


 右手はいつでも魔薬を投げられるように備えつつ、左手でランタンを掲げて廃坑道の中に踏み込むイアリア。空気の流れの問題もあり、坑道の大きさ自体は直径にして3mほどある。その為、横にも上にも十分な広さがあった。

 周囲の様子を見ながら奥へ進みつつ、これなら爆発する小瓶を使っても崩落の心配は薄そうだ、と判断するイアリア。もちろん今回持ち込んでいるのは、通常仕様の爆発する魔薬である。

 地図に従って進み、点々と光っている灯りを確認していく。ある意味生命線と呼べる魔道具をケチってはいないらしく、魔石の消耗こそ見られるものの、魔道具自体は問題なく機能しているようだ。


「っと、出たわね」


 地図と共に渡されたチェックシートに灯りの状態を書き込んでいきつつ、順調に廃坑道を進んでいったイアリア。その正面から、ずるずると湿った音が聞こえてきたことに気付いて、すぐに魔薬を投げられる態勢に入る。

 出てきたのは、事前情報通りのスライムだった。黒っぽく斑に透き通った不定形生物は、葉に乗った水滴の様な形でこちらへ向かって来る。敵意らしい敵意は見えないが、それでも纏わりつかれれば死は免れないだろう。

 大きさは恐らく直径で1m弱。イアリアの知る通常の個体は30㎝ほどなので、これは相当に巨大な固体だと言えるだろう。


「ま、捕食者が居なければこうなるわよね。通路を埋め尽くすほどでは無くて良かったというべきかしら」


 相手が巨大だと見て、イアリアは右手に持った小瓶の数を1本から3本に増やした。魔物、特にスライムのような不定形の相手の場合は、オーバーキルが推奨されている。そうでなければ仕留め損ない、逆に被害が出るからだ。

 投擲直前に確認する限り、周囲の岩壁はしっかりとした構造をしている。ちゃんと当てる限り崩落の危険はない、とイアリアは判断して、3本を一度にスライムへ投げつけてすぐに身を翻し、近くの岩陰に飛び込んで身を低くした。


――ドゴン!!


 地底湖で高波を起こした程ではないが、十分な規模の爆発が発生する。爆発音に混ざって、コップの水を高い所から零したような音も聞こえたので、どうやら無事スライムに命中したようだ。

 その音を聞いて、爆風をやり過ごすなり、入り口の方へ若干後退した位置へとイアリアは飛び出し、右手に次の爆発する小瓶を構えつつスライムが居た場所を確認する。


「……綺麗に吹っ飛んだみたいね」


 そして黒い油の様なものが一面にぶちまけられ、その中央に魔石が落ちていることを確認して、手に取った小瓶を元の場所に戻した。そして足を滑らせないように気を付けつつ魔石に近付き、拾い上げる。

 落ちていた魔石は黄色と青が斑に混ざった、直径2㎝ほどのものだった。属性としては土と水が半々、大きさとしてはまぁまぁ、と言ったところだろうか。


「土と水……。砂地を畑にしたり、砂漠を抑え込んだりするのに使うんだったかしら。攻撃向きじゃ無いわね」


 そんな独り言を言いながら、イアリアは魔石をマジックバッグに入れて、再びランタンを掲げる。スライムこそ出現したが、先にも点々と灯りが見えているので、とりあえず見える範囲に被害は出ていないようだ。

 この調子で、希少種とやらも出てこないかしら。と呟き、イアリアは再び廃坑道の奥へと進み始めた。

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