第4話 宝石は草を見つける
最初は日帰りから、徐々に範囲を広げる形でエデュアジーニ周辺を探索していたイアリア。森全体が静まり返るような気候の中、空気を読まずに鮮やかな緑色をしている癒草とマナの木が大変見つけやすい。
場所によっては既に霜の残りや気の早い雪等で白くなっているが、それでもまだ地面が見えている場所の方が多い。羽音も耳を澄ませなければ聞こえない程度に立てながら周囲を飛び回るリトルと共に、イアリアはそんな森を探索していた。
既に小動物の類や一部の植物は、冬に備えての休眠に入っている。イアリアの目当ては、その、普段は捕まえるどころか、見つける段階で苦労をする小動物達だった。
「……嫌な事を思い出したわ」
ちなみにその目的は、そういう小動物の一部……毛や鱗の欠片だ。実験動物ではない。魔薬の被検体というのなら、冬に食糧庫へ罠を仕掛ければいくらでも鼠が手に入る。あれは明確に敵なので、誰も文句を言わないどころか駆除して感謝されるほどだ。
では何故こんな労力を割いているかというと、普段は見つけられない小動物というのは魔力による変異を起こしている魔物である事が多く、その身体の一部には変異による特殊な性質が存在する。そして素材は新鮮な方が良いので、出来れば生け捕りにしたい。
というのが本音であり、実際の所……なのだが。まぁ、一般的にそういう小動物と言うのは、大層可愛らしい見た目をしていることが多い。それは知恵を付けた捕食者から逃げる為の、いわば一種の武器なのだが、これにやられた実態を知らない無関係の人間が、イアリアの事を責め立てる、という事が、学園ではたびたび発生したりしていた。
「仕方ないじゃない。名目上のお父様は、その辺りの素材を送ってくれることなんて一度も無かったのよ。だったら自分でとって来るしかないじゃないの。――お金持ちは良いわね、実家に手紙を一通書けば、どんな素材だって素材の状態で手に入るのだから」
過去のアレコレで微妙に怒りを再燃させながら、それでも周辺警戒は怠らず、イアリアは初冬の森を探索していた。もちろんあまり痕跡を残さないように、移動も探索も丁寧に行いながら、だ。その辺り、手を抜くイアリアではない。
……が。そのイアリアが、ぴたりと動きを止めた。周囲を飛び回っていたリトルもその様子に気付いたのか、ふわりと金属とは思えない軽さの動きでイアリアの右肩へと降り立つ。
イアリアの姿勢としては、少し大きな茂みを見つけ、その下に何か居ないか、あるいは痕跡がないかを探るために、その茂みをかき分けた所だ。くり、と音もなく首を傾げるリトルに構わず、イアリアは深く被った雨の日用の分厚いマントについたフードと、さらにその下に着けた頬当て及び額当てに隠された下で、大きく目を見開く。
そして、声を僅かに震わせながら、絞り出した言葉は。
「…………嘘でしょう」
呻くように。あるいは、酷い味の料理をうっかり頬張ってしまったように。それはそれは、苦々しい調子の声で、言葉だった。そう。まるで、親の敵に匹敵する程苦手な相手と遭遇した様な。
そして、その印象は間違っていない。何せイアリアは一度、それはもう大変な目に合っている。それこそ、今こうやって無事でいる事が、1つの奇跡だと思えるほどには。
二度と目にするつもりは無かったし、もちろん探していた訳も無い。むしろさっさと記憶から消したいぐらいのところを、それこそ「万が一の二度目」があった時の為に、どうにか記憶にとどめておいた、といった状態だ。
「なんで、また、こいつなのよ……!」
見開いていた目を、文字通り怨敵を睨むがごとく細めて、茂みの中に隠れていたそれを見るイアリア。どれほど見ても穴が開く事は無いし、あれだけの目に遭わされておいて見間違える事も無い。
イアリアが何気なくかき分けた茂みは、イアリア自身の腰よりも少し高い程度だった。その下にすっかり隠れているのだから、恐らく子供の膝丈ほどだろうか。そのほとんどは、この気候のせいかやや黒ずんだ大きな緑の葉だ。
そこに包まれ隠されるように伸びている茎は大変細く、小さい花芽の様なものが同じ方向に連なるように付いている。花芽の形と場所からすれば、恐らくこの花の形は丸く、下を向いて咲く事だろう。重みで、その細い茎を曲げながら。
イアリアは、その蕾が大きく膨らんだ姿を知っていた。何故なら直接見たことがあるから。そして名前も知っていた。何故ならその効能や性質までを本で読んで知っていたから。
そう。この、一見すると目立たず地味で、花が咲けば可憐な姿となる、この草は。
「……狂魔草……!!」
根の先から花に蓄える蜜までの全てに毒を宿し、触れるだけでも危険を伴うとびきりの危険物。1本あるだけで周囲の生態系を乱しかねない上に、幻薬――中毒性の非常に高い、人を狂わせる薬の原料となる、最悪の毒花だ。
アッディルという、エデュアジーニと似たように田舎の、周囲の村の中心となる大きさだけはそこそこある田舎町。その近くにある森の奥に突然大量発生し、アッディルが魔物の大暴走……スタンピードに呑まれかけたのも、この狂魔草が原因だった。
当時のアッディルも相当絶望的な状況だったが、その時その場にいた全員が、自分に出来る事を全力でやり、それがうまくかみ合って、どうにか悲劇を回避する事が出来た。だが、ここは、アッディルでは、ない。
「この1株だけならまだしも、そんな事は無いでしょうし。でも、今から冒険者ギルドに伝えた所で、パニックが起こるばかりでしょうし……」
ついでに言えば、狂魔草の無毒化には、真っ白になるまで生成された塩か砂糖が大量に必要だ。農村地帯の中央にあるアッディルですら一時的な塩不足に陥ったほどの量を、現在のエデュアジーニが用意出来る訳もない。
つまり。
「…………やるしか、ないのね。スタンピードを避けたければ。それによる悲劇を阻止したければ。――私が。回収から無毒化まで、その方法を編み出すところから。だって、他には、いないのだから」
それが、どれほど無謀な事かは、口に出したイアリア自身がよく分かっている。狂魔草はその栽培を国が禁じている植物だ。だからその、毒の性質を調べる所から始めなければならない。どのような毒かが分からなければ、無毒化の方法など編み出せる訳が無いのだから。
現状でも出来る無毒化の方法を手探りしつつ、森にどれほどあるかも分からない狂魔草を回収し尽くす。狂魔草を扱っていると知られれば、その時点で極刑もやむなしだ。だから、他人に見つかってはいけない。もちろん、自分1人だけ逃げる、というのも、気象条件的に不可能だ。
幸い、と言えるのは……イアリアこと「冒険者アリア」は凄腕の魔薬師として知られていて、エデュアジーニには魔薬の研究を目的として来ている事を告げていて、狂魔草の形は一般にはほとんど知られておらず、恐らくこの気候の中なら、タイムリミットである開花は、相当に遅くなる、という事だろうか。
「全く……本当に、本っ当に、どこまでも祟ってくれる草よね、お前は」
視界を遮る程に白い息を1つ吐いて、イアリアは覚悟を決める。
「いいわよ。――根絶やしにしてあげるわ。少なくとも、この近くからは」
そして、その最初の1株を引き抜く為に、手を伸ばした。
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