第5話 宝石は調べ始める

 その後、予定通りに周囲を探索したイアリアは、そこから追加で6株の狂魔草を発見した。もちろん全て丁寧に掘り起こし、根の欠片も残さないように採取してきている。

 イアリアが今回探索していた範囲は、そう広くも無ければ遠くもない。その範囲だけで6株もの狂魔草が見つかったという時点でやはり何かがおかしいのだが、必要なのは対処だとイアリアは軽く頭を振り、余計な思考を追い出した。

 冒険者ギルドに立ち寄って戻って来た報告と、ついでに食事を済ませて長期契約をした宿の部屋に戻って来るイアリア。改めて窓と扉の仕掛けを確認し、雨の日用の分厚いマントと頬当てを始めとした、外出用の防寒具を外す。


「出来れば、屋外くらい換気の良い場所でやった方が良いのだけど……贅沢は言えないわね。燃費が悪くても強力な、空気を浄化する魔道具を作ってから作業を始めましょう」


 そしてそこから、まずはマナの木から折り取った枝を使って、魔道具を作り始めた。燃費が悪いのは気にしないと言うか、むしろ悪い程都合がいいのでスルーする。しいて言うなら魔石を交換する手間がかかるが、そこは形で工夫する事にしたイアリア。

 徹夜こそしなかったものの、翌日丸1日をかけて出来上がったのは、丸く深い木の器と、その上に乗せる落し蓋のような丸い板だった。中央に柱の役割を果たす棒があり、木の器の底から板を支えている。

 丸い板と木の器の間にある隙間から、器の上に風属性と光属性の魔石を入れれば、魔道具は起動する。その効果は、魔道具がある閉鎖空間の空気を浄化するというものだ。


「流石にこれだけ大きければ、しばらくは持つ……筈よね。狂魔草は毒性が強いから、浄化に必要な魔力も大きいかも知れないのだけど……。……まぁ、その時は更に魔石を入れておく部分を追加すればいいかしら」


 リトルが興味深そうに嘴でつついているが、底は平らにしたので不安定になる事は無い。それを壁際に備え付けてあった物入れの上に置いて、ざらざらと魔石を流し込んだ。

 くるりと魔道具を回しながら入れている途中で、ふわりと穏やかに部屋の空気が動き出す。リトルはそれに気づき、流れに乗って部屋の中を飛び始めた。


「緩やかに部屋全体の空気を動かして、風にはならないように。かつ、毒性のある空気は速やかに遠ざけられて、浄化されるように。魔道具の形にしたのは初めてだけれど、上手くいったわね。……リトル。遊ぶのは良いけど、たぶん毒が発生するから気を付けるのよ」


 イアリアは6つある属性の全てに適性を持つが、最も得意とするのは風の属性だ。そしてこれは、イアリアが魔薬を作る時にほぼ必ず使っていた魔法でもあった。魔法使いのままであれば、半ば以上無意識でも維持する事が出来る。

 魔法であれば、勝手に切れるなんて事は無かったのだけど。とぼやきながら、イアリアは分厚い手袋をはめ、同じく分厚いマスクをつけた。焦げ茶色の癖っ毛は太い三つ編みにして、肩の後ろへと放っておく。

 自分の準備を整えて、内部空間拡張能力付きの鞄、マジックバッグから取り出すのは、しっかり周りの土ごと採取してきた狂魔草だ。合計7株あるうちの1つを取り出し、折り畳み式の机の上に置く。


「さぁ、取り掛かりましょうか。まずは実際、どこに、どれくらい、どんな毒性があるかを把握しないとどうしようもないわ」


 続けてその周りを囲むように、冬ごもりの言い訳として挙げた魔薬の研究、それに使う為にディラージで揃えた機材を並べていく。換気の魔道具と机の間に断熱板を置き、その上に魔石で動く携帯式のコンロを置いて、普段から魔薬の調合に使っている鍋を乗せる。

 机を挟んでコンロの反対側の床に水を入れた小さな樽をいくつか置いて、改めて自分の格好を確認。手首や喉など、飛沫が飛びやすい場所の肌が露出していないことを確認し、最後に、横長のガラス板に眼鏡のつると鼻当てを取り付けたような物を取り出して、マスクの上から目を守るようにかけた。


「……流石、ディラージ製の薬防眼鏡、と言ったところかしら。学園の備品は歪んで見えるものも多かったけど、とてもくっきり見えるわ」


 少し頭を左右に振ってみたイアリアだが、ガラス板そのままということでそれなりに重みがあるものの、ズレる様子はない。これはいい、とイアリアは満足して、改めて狂魔草へ向き直る。


「花芽があるから、蜜と花粉はともかく、花弁は調べられるわね。後は茎と、葉と、根。……実と種は、むしろあってもその場で燃やして……いえ、確か、燃やすと煙が雲まで届いて、毒の雨が降るんだったかしら。一番毒性が強い部分での話の筈だけど、他の部分も迂闊に燃やすのは良くなさそうね……」


 イアリアが狂魔草について知っている知識は、とても限られたものだ。それでも、最低限の指針ぐらいにはなる。

 断片的な知識を自らの頭から引っ張り出しつつ、イアリアは慎重に狂魔草の根から土を払い、袋から取り出した。そのまま小型のナイフを使い、慎重に全てが毒である草を解体していく。


「……砂糖か塩に漬けこむと無毒化できる、というのは、含まれている水分が主な毒という可能性が高い筈だわ。この時期で良かった、というべきかしら。もし雨の多い時期だったら、もっと水分をたっぷり含んでいたでしょうし」


 既にある知識と、今手元にある現物、アッディルで回収された、たっぷりと蜜を蓄えた花を合わせて、その性質を推測しつつ、観察していく。

 狂魔草は、その全てが毒である上に、場所によってその毒性が異なると本による知識にはあった。それが正しいのであれば、何故異なるのか。また、異なるというその詳しい性質はどんなものか。それを知らないとどうしようもなく、知る為には様々な手段で狂魔草を調べる必要がある。

 幸い、というべきか、サンプルとなる狂魔草は恐らく、嫌になる程ある。だからイアリアの発想が尽きるまでは、試行を重ねる事が可能なはずだ。


「とりあえず、燃やして終わりという訳にはいかないのだし……燃やしたところで、灰も毒性が残ってそうなのよね。だからやるとしたら、他の手段になる訳だけど……」


 そして、それが分かって初めて、無毒化の手段を考える事が出来る。いくら調べても無毒化の方法がない、という可能性もあるが、それを論じるのは、イアリアでは何も思いつかなくなってからだ。


「1つ、確実に1つ、無毒化する手段はあるのよ。だったら、その手段と同じ状態になる方法を探せばいいだけ。そう、決して難しい事では無いわ」


 根を切り離し、葉を外して、細い茎から花芽を剥がしていく。その途中や繋がり方まで目を凝らしながら、イアリアは過去最高に忙しく、才女と呼ばれた自らの頭を働かせ続けていた。

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