第6話 宝石は実験を始める

 早々に長期戦になる覚悟を決めて、夜はしっかり休んだイアリア。もちろん日中は元々の予定からそう外れない形で周囲を探索し、本来の目的だった小動物を探しつつ、出来る限りの狂魔草を排除していった。

 時間がかかるならかかるで、白くなるまで生成された塩と砂糖以外のものに漬け込むという試行が出来る。とりあえず井戸水や魔道具で出した水、酒などから始めて、その結果次第で魔薬も試してみるつもりのイアリア。

 その魔薬を作るためにも材料が必要だし、しっかりと雪が降るようになってからは、雪に漬け込んでみるという事もやってみた。もちろん刻んだり焼いたり冷やしたり炙ったり乾燥させたりと、色々試してみる事、早10日程。


「やっぱり、本当に、心底面倒くさいわね、この毒草……」


 これまでの結果をまとめた一覧を見て、イアリアは眉間にくっきりとしわを刻んでいた。何しろ、毒性が消える、あるいは弱まる、という結果が得られたかという意味では、全滅だからだ。

 水と酒に漬け込んだ場合はそのまま毒水と毒酒になり、炙っただけで毒の煙が出る上にしっかり焼いた灰にもがっつり毒性が残っていた。冷やしても乾燥させても毒性は凝縮されるばかりで、むしろ危険度合いが上がっている。

 不幸中の幸いというべきか、雪や氷水といった極端に温度の低いものに毒性が移る事は無いようだ。ただ、雪にしろ氷水にしろ、ただの水になるまで漬け込みっぱなしだと毒水になったが。


「まぁでも、毒性の特徴そのものはおおよそ掴めたかしら。根は下痢と嘔吐、葉は眩暈と貧血、花粉を含む花は狂気……幻覚と幻聴の方が正しいわね。たぶん。茎だけは分からないわね。食べてすぐ痙攣して、そのまま死んでいるんだけど……窒息でもないし、やけに綺麗な死体だこと」


 ちなみに、毒の性質を確かめる犠牲となったのは、食糧庫を荒らして丸々太った鼠たちだ。冒険者ギルドに、魔薬の研究として反応を見たい、と言って、エデュアジーニにある複数の倉庫に罠を仕掛けさせてもらった。鼠が駆除されたので、住民からも大層感謝されている。

 それと不思議な事というか、嬉しくない成果として、毒によって死んだ生物を燃やしても煙に毒性は含まれていないらしい、という事が分かった。もちろん、全く嬉しくない成果だが。


「たぶんだけれど、魔力由来の毒性って事よね、これは。魔物が使う固有魔法と同じで、効果を発揮したらそれまでか、以降は著しく効果が落ちる。……そうなると、毒殺に特化した草って事になるわね、こいつ」


 とうとうイアリアの狂魔草の呼び方がこいつになったが、この結果を見る限りは仕方が無いだろう。絶対に動物毒殺する草だろうか。いや、狂魔草は生えている周囲の地面も汚染するので、自分達以外絶対殺す草と言うのが正しいのかもしれない。

 ただ、と呟いたイアリアは、改めてここまで狂魔草について分かった事のリストをめくり、首を傾げた。


「おかしいわね。花が咲いておしべがあって花粉があるのに、めしべが見当たらないなんて」


 それは、細かな事まで見逃すまいと、丁寧に丁寧に狂魔草を解体して分かった事だ。

 もちろん、花芽がある程度育つまで存在しない、という可能性も無くはない。無くはない、のだが、その場合はおしべも見当たらない場合が多いので、やはり不自然ではあった。

 違和感を覚えたイアリアは、狂魔草の根も葉も改めて調べ直したのだが、そちらにも種あるいは芋となりそうな部分は見つからなかった。茎も一応調べたのだが、こちらもそれらしいものはない。


「種に相当するものが出来る感じの場所が、1つも無いなんて。……一体どうやって殖えているのかしら」


 うーん、と考え込むイアリアだが、しばらくすると頭を軽く振って、めくったリストを戻した。そう。今知るべきは狂魔草の生態ではなく、その毒性の性質、及び、無毒化の方法だ。

 食糧庫を荒らして最悪疫病と汚れで村の1つ2つなら餓死させることもある鼠達が、その命をもって役に立ってくれたおかげで、毒性については大凡把握できたと言っていいだろう。

 で、あれば。次は、その毒性を、どうすれば無力化できるか、なのだが。


「……とりあえず、片っ端から色々試してみるしか無いわね。一度の手順で無毒化できる方法があればいいけど、手順自体を増やしてでも汎用性が高い方法を探さないといけないのだし」


 通常の水や火が尽くダメだった上に、その毒性は恐らく魔力によるものだと当たりを付けたイアリア。そして魔力によるものであれば、その毒性が厄介極まるのも納得だ。

 今度は、何故真っ白く精製された塩と砂糖なら無毒化できるのかを考えて、他の手段でその状態を再現する事が目標となる。魔力由来の毒であるなら、影響を与えるのも、もちろん魔力由来のものである可能性が高い。


「変な効果が出る可能性もあるけど、回復する薬と浄化する薬は作れる限りのレシピを試すとして。魔力で変異すると言うなら、魔力で毒を作って漬けてみようかしら」


 イアリアは、とりあえず肩書として、魔薬師を名乗っている。つまり、それだけ自らの腕前に自信があると言う事だ。そして魔薬師としての腕前とは、材料やレシピ等の知識量である。

 最低限、一応魔薬師を名乗れる、という程度の腕前でも、紙にインクで書いて積み上げれば、人を殴り殺せる程度の知識量が必要だ。それが、自他ともに認める「非常に優秀な魔薬師」ともなれば、どれほどか。

 まして、イアリアがそれだけの知識を手に入れたのは……魔法使いを教育する為の、エルリスト王国随一と言われる、ザウスレトス魔法学園だ。そこに集められたという時点で、無数の努力と研究の上澄みである。


「液体はダメでも、粉薬にしたら何か変わるかも知れないわね。……そう言えば、漬け込んでから冷やしたり熱したりはして無かったわ。魔物避けの魔薬みたいに、閉じ込めてから熱と圧力をかけるのもやってみるべきね」


 もちろん、本来であれば魔法使いには不要である知識を、これでもかと自分の頭に詰め込んだのは、イアリア自身の努力であり成果だ。

 そしてそれらの知識を活用し、無数とも言えそうな数の方法論を導き出すのも、当たり前だがイアリア自身の能力である。

 ……学園に居る間、イアリアは、その身に流れる血が平民である、という一点で、随分な扱いを受けていた。だがそれは逆に言えば、侮り叩ける部分が、そこぐらいしかなかったという事だ。


「温度を下げると毒性の活性が下がるとも言えるのだから、毒水になった後で凍らせてから魔薬にしたらどうなるかしら。……いっそ直球で、毒水にしてから特性反転の加工をしてしまう? それもありね。出来る人は少ないでしょうけど、私なら問題無いのだし」


 悪し様な呼び方。侮蔑と嘲笑を込められての呼び名。「薄い血」というのは、そういう言葉だ。

 だが。……その呼び名にすら、「才女」の2文字が入っている。プライドが高く、平民だというだけで自らより下でなければ我慢ならないという一部の貴族達が口に出していた、その名にすら。

 つまりは。そんな彼らでさえ……イアリアの能力そのものは、自らより優れている事を。



否定できなかったのだ。

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