第7話 宝石は実験を続ける

 イアリアが黙々と、あるいは片っ端から出来そうな無毒化の方法を試し続けて、早くも2週間が経過した。外に広がる景色はすっかり真冬の物に置き換わり、町の中の人通りもほとんど無くなっている状態だ。

 しっかりと防寒具を身に纏い、冬の時期にしか採れないあれこれを採取しつつ、狂魔草を排除していくイアリアも、外出の時間自体は大きく減っている。確かに狂魔草の排除も必要だが、肝心の無毒化が出来なければどうにもならないからだ。

 で、その無毒化の方法を探る、ある意味魔薬の研究とも言えるその進捗は、というと。


「こいつ、本当に心底面倒くさい方向に厄介ね……」


 とりあえず今の所全滅、という、成果としては最悪の状態だった。

 そもそも狂魔草というもの自体、その毒性とは別に、周囲の魔力による変異を誘発させ、魔物を狂わせる特性がある。しかも栄養と魔力の両方をお構いなしに吸い上げるので、見つけたら即排除が基本であり、そもそもその大部分は既に駆逐された筈だ。

 それが、生活圏を急速に広げた訳でもない人里の近くで、こんないくらでも使えると言えるほどの数を見つけられる、という時点で既におかしいのだが、その理由は考えた所で分からない。


「回復効果も浄化効果も捻じ曲げて毒に変える上に、そもそも毒物に漬け込んだら毒性を強化してしまう。毒水にした後の加工はほとんど受け付けない。本っ当に面倒くさいわね。どうしろって言うのよ」


 その癖、気分転換気分でやってみた毒性の分離、細分化はあっさりと成功している。まるで、毒として使う事以外は認めない、と言っているようだ。もちろん、草がそんな事を言う訳が無いのだが。

 なお分離してみた結果、茎が持っていた毒性は心臓に作用し、その動きを止めるものだと言う事が分かった。……全体から見た量が少ない分だけ、大変凶悪な毒性と言えるだろう。いくらでも悪用できそうだ。


「……極少量を正しく使えば、止まりかけた心臓を、外から無理矢理動かす事も出来そうだけど。魔力由来の中毒性はそのままだし、得られる効果以上に危険が過ぎるわね」


 どこからか食糧庫に侵入しようとする鼠は相変わらず現れるので、1週間に1度程度イアリアは罠を仕掛けて捕獲、毒性試験を行っていた。おまけに、しっかりと高火力で焼けば匂いも思ったより気にならないという発見もある程度には試行錯誤している。

 そしてその全てがダメだった、というのは、流石のイアリアでも結構堪えていた。換気の魔道具の上で転寝をしているリトルを撫でつつ、うーん、と考え込む。


「そもそも、塩か砂糖に漬け込んで無毒化できる、というのが意味不明なのよね。魔力に作用する狂魔草が、どうして魔力の欠片も無い塩か砂糖に長時間触れるだけで、その毒性に変化が出るのかしら」


 少なくともアッディルで使われていた分には、塩も砂糖も、真っ白くなるまで精製されたという手間がかかっているだけで普通のものだった。そしてそれで実際に無毒化……その効能の強さを考えれば、その実弱毒化程度かも知れないが、少なくとも安全に扱えるとされる状態に変化するのは確認している。

 だからこそ、魔薬師としてのイアリアは解せない。塩か砂糖に漬け込むことで起こる変化の再現になりそうな方法は、既に一通り試してみている。そして、既にそちらのネタは尽きていた。

 今は一見関係なさそうな、反応があればもうけもの、という組合せを試している。もちろん成果があればいいが、少なくともイアリアの期待値としてはとても低い。


「毒の本体が、含まれる水分である事はほぼ間違いないのよね。だから、大別すると水属性の固有魔法という事になるわ。……水属性の魔法にも、毒や病気の症状を引き起こすものがあるし、そこに違和感はないのだけれど」


 元魔法使いとしての知識も引っ張り出して考えてみるイアリアだが、それらしい理由は思い浮かばない。もっとも、思い浮かんでいたら既にその理由に基づいた実験をしているのだが。

 ひとしきりリトルを撫でて、換気の魔道具に魔石を補充したイアリア。そこで少し考えて、小さな瓶に属性別の小さな魔石を詰め込み、そこに狂魔草の各部位を細長く切った物を突っ込んだ。砂糖漬けならぬ、魔石漬けである。

 また別の瓶を取り出すと、今度は固くなったパンを削った粉を詰め込んで狂魔草を突っ込み、別の瓶には、一番古い干し肉を削った粉を詰め込んで狂魔草を突っ込んだ。


「これで効果があったら驚きね。無いと思うけれど」


 魔薬師的には何の意味もない瓶をずらっと並べて、イアリアはそう呟く。撫でられて起きたらしいリトルが床に降りて、その瓶の群れの前で首を傾げていた。

 意味などない。強いて言うなら、魔力に作用するのであればいっそ魔力の塊である魔石はどうなるのか、と。塩と砂糖だというのなら、何の魔力も無い食べ物なら反応があるんじゃないか、という、かなり雑な思い付きだ。

 そんな雑な思い付きを実行する、という辺りに、イアリアもだいぶ策が尽きてきた事と、疲れている事が窺える。


「流石にこの大きさなら、1ヶ月ではなく1週間ぐらいで結果が出るでしょうし……。その間は、ちょっと足を延ばして周りの村の近くまで行こうかしら。見知らぬ草だから手を出してはいないと思うけれど、万が一村の人が採取していたら、後が大変だわ」


 ふー、と息を1つ吐いて、イアリアは実験の片づけを始めたのだった。

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