第20話 宝石は戦う

 イアリアが防壁に辿り着いた時、既に門を閉ざす為の閂も、門自体も、かなり大きな皹が入っていた。辛うじて突破を阻止している、という状態のそれをイアリアが確認したその目の前で、ドゴォン!! と、強い衝撃が門を揺らし、入っていた皹を広げた。

 もったところで、あと数度。扉の向こうから聞こえてくる咆哮や鳴き声は、同士討ちをしていない事に感心するしかない数と種類だ。つまりここが破られたら、魔物たちは雪崩を打ってエデュアジーニを蹂躙するだろう。

 避難してきた村人達の大半は、一際丈夫な倉庫に避難している。看病を受けている人々も、こちらは同じく頑丈な建物である冒険者ギルドだ。

 だから、すぐに血が流れる、という訳ではない。訳ではないが、だからと言って侵入を許していいかというと、そんな訳が無いのだった。


「まったく、獣なら獣らしく、喧嘩の1つもしていなさいよ」


 門から少し離れた所にある長い梯子を上り、防壁の上から外を見たイアリアは、門の前に群れている魔物と動物が混ざった群れを見て、舌打ちの代わりに短く吐き捨てた。門の上にも弓等を持った冒険者が居るのだが、イアリアを気にしている余裕はなさそうだ。

 どうやら冒険者達は、開け閉めをする都合上どうしても弱くなる門の正面を避けて、左右に魔物を引きつけつつ戦っているようだ。防壁の上に居る遠距離攻撃が可能な冒険者は、上手く引き寄せられなかった魔物を集中攻撃しているらしい。

 そして問題の雪熊親子だが、どうやら門の左右に展開するのは、子熊をばらばらに引き離す為、というのが主目的だったようだ。では親は、というと、どうやらどちらでもない場所で、恐らくは罠であろうものに足を絡ませ、その場で暴れていた。


「なるほど。親熊を仕留めるには手が足りない。だから足止めだけをしておいて、先に周りを片付けようってハラね。戦力の足りない今の状態なら上々じゃないかしら」


 だが魔物と動物の混成である群れはまだまだやってきているし、戦っているのはこの門の前だけではない。それにどれだけ踏ん張った所で、親熊を抑え込むには拘束力が足りない。だから時々振り払われて、門への攻撃を許してしまっているのだろう。

 そう分析しながらイアリアが見下ろしている先で、今まさに、親熊が絡んでいた罠を引き剥がした。……どうやら無事ではないらしく、周囲の雪に罠の残骸に紛れて赤いものが飛び散ったが、その程度の傷では止まらない。

 左右に分かれた冒険者達から声が上がる。再び拘束する為に動いているのだろうが、親熊は子熊を見る事もなく、地に四つ足を着け、


「させると思うの?」


 ――ズドォン!! と、その頭に特大の爆炎を咲かせて、悲鳴を上げた。

 思わずと言った空気で、防壁の上から攻撃を仕掛けていた冒険者達の手が止まる。親熊の周囲に居た魔物達も、突然の爆発に混乱しているようだ。それを見下ろしながら、イアリアはハンドルを回した。ギリギリ、ガキン、と、機構によって引き絞られた弦が、発射可能な状態で固定される。

 流石によろめいたものの、親熊は健在だ。痛みから我に返ると、すぐに立ち上がり、怒りの咆哮を上げて自らにダメージを与えた相手を探している。

 が。


「忙しいのよ。手間取らせないで頂戴」


 既にイアリアは、爆発する小瓶があった場所に次の魔薬の瓶をセットして、狙いをつけていた。セットしたのは、青い液体の入った瓶……一瞬で固まる、強力な接着剤だ。

 そして、イアリアの狙いはその頭だった。威嚇のために棒立ちしている熊など、イアリアにとっては外す方が難しい。まして、通常よりも巨大な相手を上から狙う、つまり、距離が近いのならばなおさらに。


「精々暴れて、暴れて、周りを巻き込む事ね」


 しっかりと下ろしたフードの下の目を眇め、引き金を引いた。ガシャン!! とガラスが砕ける音がして、強力な接着剤が、雪熊の親の頭……目と、口と鼻を覆う。砕けたガラスの破片も巻き込んで、だ。

 咆哮は、無かった。当たり前だ。口も鼻も塞がれているのだから。その前足についた爪で自分の鼻を切り落とせば助かるかも知れないが、一応は動物である雪熊にそこまでの知恵は無い。

 目が見えなくなり、匂いを感じなくなり、呼吸が出来なくなって、雪熊の親はその場で暴れ出した。当たり前だが、周囲に居た魔物と動物が盛大に巻き込まれ、大混乱に陥る。


「……魔薬師の嬢ちゃん、だよな……?」

「だから何? さっさと片付けるわよ。どうせまだまだ来るんだから」

「お、おう」


 ハンドルを回して魔薬を乗せ、今度は爆発する小瓶を、雪熊の親が暴れて大混乱になっている魔物達の群れに叩き込み、混乱を加速させるイアリア。雪熊の親の近くでまとまれば即座に接着剤を打って被害を拡大させているので、門の左右で戦っている冒険者達への圧も多少緩んだようだ。

 相変わらず、戦闘となると容赦のないイアリア。淀みの無い動作と言い、その狙い方と言い、明らかに戦い慣れているその様子に防壁の上に居た他の冒険者は、若干顔を引きつらせて本人確認をしたのだが、イアリアは振り返りもしない。


「(やべぇ。魔薬師の嬢ちゃんってあんな戦えたのかよ)」

「(使い魔も小せぇから戦えないもんだと……)」

「(逃げと隠れに徹しても採取は出来るもんな。場所がいいって言っても、まさか雪熊を一方的にやれるとは思わねぇって)」

「(宝石付きって噂を聞いた時は半信半疑だったが、こんなん見たら納得するしかないだろ)」


 なお、その後こそこそと冒険者達が会話していたが、もちろんイアリアの知った事ではない。

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