第21話 宝石は踏み込む

 そのまま、満月には足りないものの、雪に反射して十分明るい夜を戦い続けたイアリアと冒険者達。このままでは周囲の動物は根こそぎになってしまうのではないかしら、とイアリアが妙な事を考える程度には激しい襲撃は、すっかり朝になってしまうまで続いた。

 流石にあの雪熊親子以上の大物が出てくる事は無く、数こそ多かったものの、後は交代で休息をとりながらでも対処できる範囲となっていた。その様子を、朝陽に目をしばたたかせながらイアリアは確認する。


「これなら、もう大丈夫かしら」


 もちろん襲撃が止まった訳ではないが、確かに余裕が出来ている。それを見て取って、イアリアは緩く息を吐いた。気のせいかもしれないが、襲撃の勢い自体も最初に比べれば落ちている気がする。

 冒険者ギルドにも報告は入っているだろうし、流石に把握していないなんて事は無いだろうが、イアリアは本業(という事になっている)魔薬師としての依頼を受けずに迎撃へ出てきている。魔薬は使えばなくなるのだから、作らなければその内底をついてしまう。

 そして、イアリアが作る魔薬によって命を持たせている人間も、まだ確かに存在している。一部は毒から回復したとはいえ、まだ重症の村人は多い。それにこの迎撃であっても、特に前に出ている冒険者は、無傷では済んでいない。


「全く、忙しいったらないわね。……一冬のんびりと過ごす予定だったのに、あの草のせいで随分な騒ぎになったものだわ」


 言葉と共に1つ息を吐き、イアリアは自分の武器を内部空間拡張機能付きの鞄――マジックバッグに入れて、防壁から降りた。イアリアが(良くない事は分かった上で)徹夜に慣れているとは言え、戦闘状態で夜を明かすのは初めてだ。

 身体の芯の所にずっしりと重しを入れられたような感覚と、頭が上手く働かない感覚、及び、鈍痛。徹夜による弊害を自分の身でしっかりと感じながら、それでもイアリアは長期滞在している宿ではなく、冒険者ギルドへと足を進める。


「襲撃状況の報告、は、流石に誰かがしているわよね。なら、1時間ぐらい仮眠を取らせてもらって、魔薬づくりの続きかしら。……とはいえ、それなりに量は作っていたのだから、これぐらいなら尽きているという事は無いと思うのだけど」


 ふわぁ、と、フードの下に隠していても、欠伸が零れる。冬の朝の空気は身を切る程に冷たい。しっかり防寒具に身を包んでいても、口の中までは守れない。しかし今はその冷たさがありがたい、とばかりに大きく空気を吸い込んで、イアリアは油断すればぼんやりする思考をはっきりさせた。


「残念だけど、まだ終わっていないのよ、私。魔薬づくりは精度が命、気を抜くには、まだちょっと早いわ」


 頬当ての上から自分の顔を揉み、眠気を少しでも遠ざける。そうしてから気合を入れ直し、冒険者ギルドの扉に手をかけ


「……?」


 分厚い扉を開いたその先が、静まり返っている事に、その場で動きを止めた。


「――――リトルっっ!!」


 異常が起こっている。それも、致命的な。瞬間的にそう判断したイアリアは、冒険者ギルドの扉を開け放つと同時に、自らの使い魔を呼んだ。使い魔と主には、魔力的な繋がりがある。だから、どこで何をしてようとも、主が呼べば聞こえるのだ。

 イアリアは魔薬作りを中断して迎撃に出ていたので、使い魔であるタイニーオウル……の見た目をした「魔物化した魔化生金属ミスリル」は、倉庫の小窓を出入りして鼠の駆除をしていた。もちろんイアリアの指示なので、当然主の呼び声の方が優先だ。

 ぱたり、と、速さからすれば随分と小さな羽音で自らの右肩へと降り立った使い魔に、イアリアは瞬間的に出せる限りの魔力を手の中に集め、マジックバッグの中に作り出した、自分の拳よりも大きな緑色の魔石を差し出した。


「多少の怪我人が出てもいいわ。急いで――」


 魔物とは、一般には魔力という力によって変異した動物の事を指す。リトルはその点やや特殊で、「生物としての特徴を手に入れた金属」である魔化生金属ミスリルが、さらに変異して魔物となった存在だった。

 見た目こそタイニーオウル、手のひらサイズの小さな梟だが、それは金属光沢をもつスライム、という見た目では目立ってしまう為、その正体が分かると起こるだろう騒動を回避する為に、加工された形だ。

 だが。2段階の魔力による変異を経た魔物、というのは、そもそも魔力との親和性がずば抜けて高い。しかもリトルは元々が自らの意思や生態を持たない金属であったので、これといった固有魔法も持っていなかった。それが、何を意味するか、というと。


「――この中の空気を浄化して。私の部屋の魔道具と一緒よ。出来るわね?」


 魔力を扱い、魔法を発現させるには十分な素地が、まっさらのままで存在すると言う事。……つまり、主と魔力次第で、好きなように魔法を使える、とびきりの特異個体、と言う事だった。

 そしてイアリアは、魔石生みになってしまった元魔法使いだ。国に仕える魔法使いとしての教育も受けていたし、その魔力は、現在悩みの種となる程に多い。

 ぴょん、とリトルは、イアリアが差し出した魔石の上に飛び移る。そしてその爪が魔石を掴むと、大きな緑色の宝石という形の魔石は、空気に溶けるように消えた。同時に、リトルの周囲に風が渦巻く。

 次の瞬間。


 ――――ゴゥッ!!


 局地的な突風が、開け放たれた冒険者ギルドの扉から、内部へと突っ込んでいった。

 テーブルに乗っていたらしい食器が落ちたりぶつかったり、書類が何枚も風にあおられて舞い上がったり崩れたりする音も聞こえるが、イアリアは素早く入り口から身を避けた。数秒後、入った時と同じ勢いの風が出ていく。


「どうしてこうも、ちょっと目を離すと事態が悪化するのかしら……!」


 それでも動く音が聞こえなかったことに、イアリアは舌打ちの代わりにそう吐き捨てる。肩の上に戻ったリトルをマントの下に移動させて、しっかりと自らの口と鼻を覆い、冒険者ギルドの中へと踏み込んだ。

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