第22話 宝石は探る

 冒険者ギルドに踏み込み、真っ先にイアリアが向かったのは、1階の奥にある小部屋だった。様々な目的で使われる仕切られた部屋だが、現在はその全てにベッドが運び込まれ、狂魔草の毒に倒れた村人が看護されている筈だ。

 この異常の原因が何かと言えば、まず間違いなく狂魔草が原因だ、と判断したイアリア。そうでなくても異常が起こっている現状では、もっとも守られるべき人間である。どちらにせよ、最優先で様子を確認する必要があった。

 なのでイアリアは、警戒しながらも片っ端から部屋を確認していった……の、だが。


「……もぬけの殻ね」


 ベッドがあり、看護していたと思われる痕跡はあるのだが、人の姿だけが何処にもなかった。どの部屋を覗いてみても同じ。いくつかのベッドに触れてみるが、どこも温かい。だから本当についさっきまで、ここに寝ている人が居たのだろう。

 では、どこへ姿を消したのか。イアリアはそのままバッグヤード付近からカウンター、調理室の周辺も探してみたが、冒険者ギルドの職員どころか、村人や、下がってきて休んでいた筈の冒険者の姿すらない。

 まるで人だけが煙のように消えたようだ。と思い、イアリアはフードの下で眉間にしわを寄せる。


「リトル。倉庫の人に変わりはなかった?」


 ガランとしたロビーまで戻ってきて、イアリアは分厚い雨の日用のマントの下に隠した使い魔へと問いかける。が、それには短い鳴き声が返って来るだけだ。異常があれば問いかけの時点でその場へ案内し始めるだろう。つまり、異常は無かった、という事になる。

 では、冒険者ギルドだけに起こった異常とは何か。しばらくイアリアは考え、冒険者ギルドを出た。そのまま裏手に回り、馬車止めと裏口を確認する。


「……馬車はある。けれど、馬が居ないわね。それにしても……雪がこれだけ残っているのに、足跡の1つもないと言うのはどういう事?」


 そしてそこの状態を見て、徹夜と緊張状態による頭痛が増した気がした。自分の後ろを振り返ると、ここまで歩いてきた足跡は残っている。今夜雪は降っていない、というのは、真夜中から外に出ていたのでよく知っている。

 イアリアが冒険者ギルドを出た時、おかしい様子は無かった。そして少なくともそこから雪は降っていないので、足跡が雪に覆われたという事は無い。そして同じく、門はどこもずっと防衛のために閉ざされているので、町の外に出て行ったという事も無い。

 では、どこへ。また、どうやって行ったのか……とイアリアが考えに沈んでいると、リトルがマントから出てきた。そのままイアリアの左肩に移動する。


「?」


 その動きが、何かを見つけた時のものだと知っているイアリアは、ひとまず考え事を中断して顔を上げた。リトルが向いているのは、ちょうどイアリアの背後にある冒険者ギルドの裏口のようだ。

 戦闘からの異常事態、という事で、疲れているのを自覚している為、緊張の糸を緩めていなかったイアリア。マントの下に隠して魔薬の瓶に指を添えながら、自分の背後を振り返る。

 すると、閉めた筈の扉が僅かに開いていた。だけでなく、その向こうに気配がある。


「……そこにいるのは、誰?」


 いつでも魔薬を抜き打てる状態で、イアリアはその隙間に声をかける。リトルが肩に移動しても飛び立っていないのは、それが脅威だと判断していないからだ。それでもこの異常の中で、自分以外の動くもの。と言う事で、最大限に警戒していたイアリア。

 ややあって、扉が更に開く。そしてその隙間から姿を見せたのは――


「ぼ……ぼうけんしゃ、さん?」


 寒さか、それ以外にか。小さな体を震わせながらこちらを見上げる、幼い子供だった。

 イアリアに見覚えは無い。だが、その服装からすれば避難してきた村人の1人だろう。家族が全員狂魔草の毒に倒れた場合、軽症で早く回復しても、他の家族が回復するまでは一緒に冒険者ギルドに残っていた筈だ。

 だが、それならそれで、冒険者ギルドの職員がついていることになっている筈なのだが……と、考えつつ。イアリアは分厚い雨の日用のマントと防寒具に緊張と警戒を隠し、声は可能な限り穏やかに答える。


「えぇ、そうよ。外から戻ってきたら誰もいなかったのだけど、何か知っている?」

「わ、わかんない……。す、すごいこえがきこえて、おかあさんが、かくれてじっとしてなさい、って……」

「すごい声?」

「こわいこえだった……」

「それは建物の外? それとも、中?」

「わかんない……。けど、たぶん、なかだとおもう……」

「そう。教えてくれてありがとう」


 返ってきた言葉に、イアリアは素早く考える。異常が起こったのはやはり冒険者ギルド内部、イアリアが出て行ってからどれくらいかは分からないが、子供が我慢強く隠れていられる時間はそう長くない。ベッドの温もりからいって、そう時間は経っていない筈だ。

 この子供がイアリアの気配を感じて出てきたのだとしても、震えるばかりで空腹な様子もない。だからやはり時間は経っていないだろう。とすれば、すごい声、というのが異常の原因だろうか。


「……ここに来るまで、誰か見かけたかしら?」


 一応の確認に、返って来たのは首を横に振る反応だった。でしょうね、とイアリアは口の中で呟き、もう少し考え、子供に近付く。


「体調はどう? ここに居ると言う事は、お腹が痛かったのでしょう?」

「う、うん……でも、もう、だいじょうぶ……」


 そしてしゃがみこみ、扉を開けて、子供の全身をじっくりと観察した。恐らく年齢は4・5歳、子供は下痢と嘔吐による体力の消耗が致命的になるので、優先的に看病されていた筈だ。元々食べる量も少ないので、回復していることに疑問は無い。

 着ているのは分厚くも質素な村人の服だが、その上にイアリアも仮眠でお世話になった毛布を巻きつけている。それでも外に出るには寒いのだろう。最初に見た時より、唇の色が悪くなっていた。

 さてどうしたものか、とイアリアが考えていると、冒険者ギルドの表の方で、人を探しているような声が聞こえた。どうやら、冒険者の内何人かが下がって来たらしい。


「そうね。とりあえず、他の人と合流しましょうか。ここは寒いから」

「……おかあさんは?」

「あなたが良い子で待っていてくれたら、私がちゃんと探してくるわ」


 これ幸い、と、イアリアはこの子供を押し……預ける為に、子供の背を優しく押して冒険者ギルドの中へ戻る。扉を閉めれば、寒さと共に緊張も緩んだのか、じわりとその大きな目に涙がにじんだ。

 家族全員が苦しみ、運び込まれ、腹痛に耐えて……それが治ったと思ったらこわい声が聞こえ、母親に隠れるように言われ。静かになったと思ったら誰もいない。なるほど、確かに恐ろしいだろう。

 なのでイアリアは、見つけるとも連れてくるとも言わず……しかし出来る限り優しい言葉を返し、先程までのイアリアと同じく冒険者ギルドの内部を探し回っているらしい冒険者達に、居場所を知らせる為に声を張った。

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