第23話 宝石は走る

 疲れている冒険者達も、イアリアから簡単に状況を聞くと、異常を認識してくれた。そのまま子供を預かり、念の為場所を移して待機するという彼らを見送って、イアリアもエデュアジーニの中を歩きだす。裏口から出た形跡はなかったが、普通に正面の入り口から出たとすれば痕跡など分からない。

 最初に向かったのは、避難してきた村人たちがいる倉庫だ。外に出ていないのは間違いないし、ここは様子を見る必要もある。異常が起きている、と言う事を警告する必要もあった。

 とはいえ、ここはずっとリトルに見て回って貰っていた。それにもし万が一門が破られてもしばらくは耐えられるように、殊更頑丈に作られているので、ここに異常が起きていればすぐ分かる。


「避難していた人達に影響はない、のは良かったのだけど。一体どこへ行ったのかしら」


 そこから、大きさは十分にあるエデュアジーニの中を、井戸や広場、大きな建物と言った場所を重点的に見て回ったが、冒険者ギルドに居た筈の人達は見つからない。

 一度冒険者ギルドに戻ってみると、そこには休憩に戻って来た冒険者達が変わらず待機していた。


「あの子は?」

「奥の部屋で寝てるよ。シュリーがついてる。そっちは?」

「ありがとう。倉庫に異常は無かったわ。移動した痕跡も見つからないのだけど」

「外には出てないんだろ?」

「門は開けてないでしょう。門以外に出入口があったら知らないけれど」

「だよなぁ」


 どうやら、冒険者ギルドに原因が残っている、という訳でもないようだ。冒険者達も多少の異常は覚悟していたようで、若干拍子抜け、という顔をしていた。

 軽く会話して確認するが、異常らしい異常は無かったようだ。一応確認してみると、前回交代で冒険者達が下がったのは、夜が明ける2時間ほど前らしい。その時入れ替わりで戦闘に戻ってきた冒険者達に異常は無かったので、その2時間の間に何かが起こった、とみてよさそうだ。

 うーん……と、しばらく考えてみるイアリアと冒険者達だが、特に何かを思いつく訳ではない。何せ、情報が足りないのだ。分かっているのは冒険者ギルドで何かがあった事と、それが広範囲に影響するものではない事だけ。


「……とりあえず、門を開ける訳にはいかないわね。少なくとも狂魔草が関わっている以上、なんだったらスタンピードがちょっとマシになりしだい、この町を離れて別の場所に移動するぐらいでないと……」

「エデュアジーニを……俺らの故郷を、捨てろ、と?」

「狂魔草を舐めない方がいいわ。1株でも花が咲いてみなさい。今までに撃退した数の、5倍は襲って来るわよ」

「ご……っ!?」

「耐えられるなら頑張ればいいわ。もっとも、いま行方不明になっている人達が全て狂魔草へ変わっていたら、5倍どころではないけれどね」


 イアリアがもっとも懸念しているのは、それだった。狂魔草の花粉は、狂魔草の毒によって死んだ生物に付着し、それを作り替え、狂魔草へと変わって増える。それでなくても満月が近いのだ。1株でもしっかりとした狂魔草が出現すれば、襲撃の規模は現在の比ではない。

 それでなくても毒性に幻覚と幻聴があるのだ。今回多くの村人が食べたのは根であったから下痢と嘔吐で済んでいるし、他の少数も葉をいくらか食べた程度。花芽を食べた者はいないから、何とか対処できている。

 だが。寒さが緩み、暖かい所にある事で、花が咲いたら。花蜜と花の持つ毒性は、幻覚と幻聴だ。香りを嗅ぐだけで異常が起こるのだから、看護など出来る訳が無い。


「花が咲いたら、そんな……待て、花?」

「どうしたの?」

「花、花が咲いたら……まさか! 嬢ちゃん、防壁の南には近づいたか!?」


 エデュアジーニで生まれ育ったらしい冒険者は、苦々しい顔を俯かせていた。かと思えば、突然何かに気付いて顔を上げる。そして、イアリアにそんな、脈絡のない問いを投げた。

 イアリアはここまでの移動範囲を思い出す。エデュアジーニの周りを囲む防壁、そこにある門は2つだ。場所は東と西。そのどちらもがやや北に向いている為、防衛中は北側を通って行き来していた。

 冒険者ギルドの異常に気付いてからは、と言えば、居住区ではなく倉庫や広場、集会所などを巡っている。これもまた町の中央から北側にあるので、防壁の南側には近づいていない。


「そう言われれば近寄って無いわね。南に何かあるの?」

「畑だ、エデュアジーニは南側に畑がある。短い間しか使えないからあんまり人も近寄らないが、防壁の外まで畑が続いててそこには専用の扉がある!」

「はぁ!? そんなの聞いて無いわよ!?」

「ただの扉じゃなくて道具入れの倉庫と一体化してるんだ! しかも冬の間は扉と小屋の両方に鍵がかかってる! 中には余った土嚢とかも入ってるから、下手すれば門よりも丈夫なんだよ! だがそんな難しい作りはしてないから、寝ぼけてても町の奴なら開けられる!」


 そこまで聞いた時点で、イアリアは冒険者ギルドを飛び出していた。外に出てすぐリトルに声をかけ、先行してもらう。背後でばたばたと動く音が聞こえたから、気づいた冒険者も動いているのだろう。

 何も無ければいい。何も無ければリトルはそのまま戻って来る。しかし、鳴き声が聞こえた場合は――。


――ピュイィィッ!

「……っ!」


 笛を吹くような、高い音。リトルの鳴き声はつまり、イアリアが今走って向かっている先に、何かがあった、という事だ。そしてそれは、今回の場合は何であれ、悪いものとなる。


「見え、ないわよ、そんな場所……っ!」


 小さくはない町を南へと走りながら、イアリアは息と共に悪態を吐き出した。

 この先に広がっている光景が、最悪をさらに下回る……魔薬師としての自分では絶対に手に負えない、そんな状況になっている事も、覚悟して。

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