第24話 宝石は覚悟する

 そして。町の中だが、外のように。畑が広がる場所まで辿り着いたイアリアが見たのは。


「――リトル、広域麻痺!」


 ……その畑に穴を掘り、自ら埋まっていく、冒険者ギルドに居た人達だった。

 全く訳が分からないものの、その顔が軒並み虚ろで目の焦点が合っていない事から、幻覚にやられているとイアリアは判断。それはつまり狂魔草の影響と言う事で、とりあえず動きを止める為にリトルへ魔法の行使を指示した。

 イアリアから供給された魔力を、リトルが魔法と言う形に変える。バヂィィッ! と空気中に小規模な雷が奔り、動いていた人々の身体が軽く跳ねて動きを止めた。


「鍵は……しまってるわね。とりあえず止めたけど、一体何を……」


 その人々の間を走り抜け、イアリアはとりあえず外に続くという、防壁から突き出るような形の小屋、その扉にかかっている鍵を確認した。これで外から襲撃される事は考えなくていい。

 だが、畑の土を掘って埋まるとは、一体何をしているのか……とイアリアは振り返り。


「っ!?」


 確かに麻痺させた筈の1人が掴みかかろうとしてきたのを、辛うじて避けた。ガン! と振り下ろした両手が扉に当たって結構な音をたてたが、痛みは感じていないようだ。

 周囲を見回すと、同じくイアリアに向かって来る人の数は多い。痺れさせたはずなのに、何故、と思ったが、すぐに原因は思いついた。


「そう、そうね。魔法は魔法で上書きするしかない。そして狂魔草の毒は固有魔法。完全な上書きには威力が足りなかったと。そういう事ね……!」


 幻覚と幻聴。実際には存在しないものをあるように思わせる毒。だからこそ毒さえ抜けてしまえば問題ないと、イアリアは極力ダメージの低い魔法を選んでリトルに行使させた。

 しかしダメージが低いと言う事は、上書きする力も弱いと言う事だ。どういう風に作用し何を見聞きさせているのかは分からないが、狂魔草の毒に勝てなかったという事になる。

 意外と素早い動きで掴みかかって来る人々を避けながら、イアリアは素早く考える。どうすればこの状況を打破できるか。どんな魔法なら狂魔草の毒に勝てるのか。これでもイアリアはきっちりとした魔法使いの教育を受けている。だから、最適な魔法の候補はすぐに思い浮かんだ。


「……こんな事なら、あの鼠達、毒の実験体だけじゃなく、魔法の的にもなってもらっておくんだったわね」


 だが。主次第で自在に魔法を使えるリトルだが、欠点もあった。それは、事前に教えておいた魔法しか使えない、と言う事だ。そして今回この状況で最適な魔法は、回復や解毒に類する魔法となる。

 そしてそれらの魔法は、傷や毒を受けた状態の相手でなければ効果を発揮しない。イアリアはそもそも徹底的に距離を取って攻撃を受ける事そのものを避ける戦い方をするし、他の冒険者達には、リトルが魔法を使えることは秘密にしていた。実践する場がなかったのだ。

 そうこうしている間に、防壁へと追い詰められたイアリア。気づけば畑に埋まっていた人々も這いだしてきたのか、土塗れの状態で周りを隙間なく囲んでいる。


「…………困ったわね」


 深く下ろしたフードの下でそう呟き、イアリアがいつでも投げ打てるようにベルトから引き抜いたのは、爆発する魔薬の小瓶だ。流石に畑までは除雪されていなかったのか、周囲には雪が残っている。相手の数も多く、接着剤では効果が薄い。

 そして幻覚と幻聴で操られている状態なので、破裂して強い衝撃を発生させる玉を投げてもひるむとは思いにくい。だから逃げたかった訳だが、数とは力である。イアリアがこの辺りの地理に疎いのも災いした。

 せめて、他の冒険者が異常に気付いてくれれば……とも思うが、山場を越えたとはいえまだまだ襲撃は続いている。救援が来る可能性は、限りなく低い。


「出来れば、傷つけたくはないし……その傷が原因で狂魔草が増えたら、何をやっているか分からなくなるのだけど……」


 爆発する小瓶を持った手をマントの外に出し、いつでも投げられる、というのを見せると、包囲が狭まる動きが止まった。本当にどんな幻覚と幻聴なのかは分からないが、威嚇行為だと認識されたらしい。

 とは言え、その状態がいつまでも続く訳ではない。じり、と、虚ろな目をした人々の包囲が狭まる。これを突破するには、その前後に組み合わせてどんな魔薬や魔法を使うにせよ、威嚇に使っている魔薬を使う……十分に殺傷力のある爆発を起こす必要がある。

 その傷を癒せるか、と言われると、かなり分が悪いだろう。しかも1人でも命を落とせば、その誰かは狂魔草へと変わってしまう。どれくらいの速度で変異するのかは分からないが、そんなに遅いとは思えない。


「…………これも、油断ね。驕ったわ。一度何とかなったから、今度もまた、なんて」


 だが。

 それでもイアリアは死にたくない。生きていたい。資源でも道具でも、兵器でもなく。人間として。自らの意思で。

 だから。


「無力で小さな人間だと言うのは、良く知っていた筈なのに」


 イアリアは、覚悟を決めた。この冬の間、顔を見て、挨拶をして、言葉を交わし、笑いあった彼らの命を……奪う事を。

 このままでは誰も助からない。もちろん可能な限りの手は尽くす。治療もする。命を拾い上げる努力は惜しまない。けれども。


「――私に、奇跡は起こせない。だからせめて、被った血をぬぐい隠す事は、しないわ」


 囲んだ人々の手がイアリアに届くまで、あと数歩。

 ギリギリまで時間を稼ぎ、あるいは引きつけて。

 イアリアは、爆発する魔薬を。僅かに震える手で、目の前の地面へと――――。



「――ぜーんぶ治れっ! エクステシオン・クイダード!」



 叩き、つける。直前に。

 溌剌とした、良く通る声が響き。

 同時に、ぶわり、と、光の渦が、周囲一帯を、呑み込んだ。

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