第25話 宝石は倒れる

 突然の強い光に、爆発する魔薬の小瓶を投げず、その手でフードを押さえて自分の顔をかばったイアリア。それでもなお眩しいと言える光は、ほんの数秒で、発生した時と同じく唐突に消え去った。

 光が収まったことを確認するなりイアリアは手を下ろし、周囲を見回す。そして、虚ろな顔で自分を追い込んできた人々が全員倒れているのを見るなり、一番手前にいた人の息を確認した。


「……良かった」


 呼吸も脈も問題なく、ただ眠っているだけ。その理由も恐らく、無理な動きをした事による疲労だろう。それを確かめ、イアリアは深く下ろしたフードの下で安堵の息をついた。


「お弟子————っっ!!」

「ぐえっ!?」


 そしてその直後に、横からイアリアをかっさらうような角度で飛び付いてきた何かの衝撃を直接受けて、何か人が出してはいけない感じの声を出してしまった。


「お弟子、お弟子大丈夫!? 寂しくなかった? 怖くなかった? 見つけるのに時間かかっちゃってごめんね!? もっと早く気付いてあげられなくてごめんねぇえええええ!!」


 そのままぎゅうぎゅうと、見た目の細さからは想像もつかないような力で締め上げられ、もとい、抱き締められる。徹夜と戦闘続きの疲れもあって意識が飛びそうになったイアリアだが、流石に今気絶する訳にはいかない、と、どうにか手を動かし、自分を抱き締めている人物の背中を、弱い力でぽんぽんと叩いた。


「わあぁお弟子ごめん! 大丈夫!?」

「意識はあるわ。危うく気絶するところだったけれど」

「やぁああああ!! ハウトトレイター!」

「過回復よ、師匠……」


 あぁもう……と呟き、イアリアはフードの下で額を押さえた。師匠、とイアリアが呼んだ、輝くような金髪と琥珀色の目をした美女は、黒い三角帽子の下で、情けなく眉を下げていた。

 そう。師匠、である。イアリアが魔法使いだった時に、魔法使いを育成するザウスレトス魔法学園に存在するシステムである師弟制度、それにのっとってイアリアが師事していた魔法使いであり……世界最高の魔法使いの座を長らくほしいままにしている、「永久とわの魔女」、その、本人だ。

 ちなみに今その師匠ことナディネが使ったのは、手足ぐらいならくっつくどころか生えてくる、超高難易度の回復魔法だ。過回復、程度ではない。


「というか、師匠、まさか、私を探すためだけに、こんなところまで……?」

「そうよ?」

「何をやっているのよ他にいくらでもやることはあるでしょう!?」

「お弟子の事以上に優先することなんてないわ!」

「働きなさい弟子馬鹿!!」

「働くのは全部終わらせてきたもの~」

「確信犯なだけに質の悪い……っ!」


 なお、ここまでがいつもの事である。と言えばそのフリーダムっぷりが分かるだろうか。しかもこの間、今度は加減してイアリアを抱きしめてフードの上から頬擦りをしている。深すぎるため息をついたイアリアとは対照的に、大変幸せそうだ。

 とは言え、どれほど実態というか性格に残念な部分があっても、実力は間違いなく世界単位で最上位。あら? と小さく呟いて、何かに気付いたらしい。


「お弟子、もしかして、」

「そうよ」


 ナディネが言葉にする前に。イアリアはそれを遮って、自ら秘密を……


「魔石生みになってたのよだから学園を飛び出したの。魔石生みは魔法を使えない。使い潰されるのが嫌で逃げ出したの!」


 あの、望まずに押し込まれ、生まれによって虐げ続けられた学園で。唯一、一切疑うことなく信用できた……文字通り、人生で初めて溢れるほどの愛情を注いでくれた人に。

 決定的な離別が確定する、残酷な事実を、口にした。


「師匠が弟子にするのは、魔法使いだけでしょう。だから、魔石生みになった以上、私はもう……」


 本人も自覚していないが……もしかしたら。あの、魔石生みになったその日。即座に遠方への逃走を決行したのは、他の誰でもなく、ナディネからの拒絶と否定を恐れたから、だったのかも知れない。

 そんな告白を、変わらずイアリアを抱きしめたまま聞いていたナディネは。


「いや、お弟子は魔法使いだよ?」


 と、至極あっさり言い切った。


「…………へ?」

「だからお弟子は魔法使いだよ?」

「えっ?」

「体内魔力の質は変わってないもの~。魔石が作れるようになっただけでしょう?」

「魔力が魔石になるのは魔石生みだけよね?」

「魔法使いだって魔石は作れるわよ~。ほら」


 それが何? という顔で、しまいにはイアリアから離した右手の上に、自身の目と同じ琥珀色の大きな結晶を、顔及び声と同じく、あっさりと作り出して見せたナディネ。至近距離で、魔力の動きも無意識で感知していたイアリアは絶句している。

 信じていた常識が、こんなにあっさりと否定された事。それと同時に、今までの逃亡生活に対する圧倒的な徒労感と、防衛戦及び生命の危機だった事への緊張の途絶、ついでにナディネがいることによる事態解決の確信と、無自覚の安心が一気に押し寄せた結果。


「………………嘘でしょう」

「きゃぁあああああお弟子————っ!!?」


 キャパオーバーを起こして、気絶した。

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