第23話 宝石は次の町へ転がっていく

 内部空間が拡張された鞄というのは、それを作る為の素材が特殊極まる上、作成にはある程度以上強力な魔法使いの手助けが必要で、かつ作成する工程の難易度が飛びぬけて高い為、誰もが憧れつつも手の出せない超のつく高級品である。

 その価値は値段にすれば一等地に屋敷を建てるまでを土地の購入から行える程であり、またその利便性から犯罪行為に使われないよう身元がしっかりした人物にしかそもそも販売される事が無い。

 またこれも魔法によって行える様々な追加機能も同じく手間と素材が必要となる為、機能が1つ増えるたびにその価格は上乗せされていく。最終的に、村を興せる程の金額に達する筈だ。


「……えっ」


 そんな、追加機能ましましの内部空間が拡張された鞄――魔法鞄が、現品報酬として、イアリアに支払われるという。


「えっ、なっ、はぁ!? ちょ、支払い過ぎよ!!」


 だからその説明を聞いて、どうにか理解して、イアリアの第一声がそれだったのは、まぁ、致し方ない。頭の中の冷静な部分でさっき確認した依頼書や売約契約書の金額を確認するが、流石にそこまでの金額には達しない筈だと結論も出ていた。

 ガタン、と思わず椅子から立ち上がってしまったイアリアだが、女性職員の涼やかな無表情に変化はない。どころか、1つ頷いて、そのまま説明を始めてしまった。


「はい。実は報酬金額では若干不足しております。しかし信用という意味では人格的及び依頼達成率から必要十分な要項を満たしておりますし現在冒険者ギルドアッディル支部においてアリア様への報酬として条件を満たす現品がこの鞄ぐらいしか無かった物でして。アリア様もアッディルにおける不動産を報酬とされても困ってしまわれるのでは?」

「それはそうだけど、って待って、金額的に不足してるんじゃないの」

「はい。ですのでご相談の続きとして冒険者ギルドから1つ依頼を斡旋させて頂ければと。そちらの報酬を加えてこちらの現品支払いと言う形にさせて頂きたいのですが如何でしょうか」

「…………。差額分を考えるに、相当な高報酬のようだけれど」


 立て板に水と言う調子の説明は、聞き取るのに集中力を要する。つらつらさらさら続けられる言葉を聞き取ることに集中したお陰か、イアリアの混乱も少しは収まった。

 続けられた言葉に、若干の疑問を抱きながらも椅子に座り直すイアリア。女性職員はそんなイアリアに、木箱の上へと新しい依頼書を乗せて見せた。

 さて何だ、と見てみると……それは、商隊の護衛依頼だった。ランクはコモンレアとなっていて、行き先は此処から南に位置する流通の要、商都ベゼニーカだ。


「……確かに距離はあるけど、随分報酬が高いわね? 魔物の動きも、この近辺では当分収まる筈よ」


 正直に言うなら、この依頼が壁に張ってあってもイアリア自身は選ばないだろう。つまり、依頼書に書かれた内容と報酬の差は、書かれていない部分に「何か」があるという事だからだ。

 そしてそれは得てして人の害意である可能性が高い。しかし、流石に冒険者ギルドがそんな真似をするわけが無いだろう。であれば、それは純粋に危険度或いは難易度が高いという事だ。

 が。その「高い危険度」というのが思いつかない。確かにイアリアがこのアッディルに来たばかりの頃のように魔物が活性化しているならその分の危険手当かとも思うが、あれは恐らく東の森に群生していた狂魔草の影響だ。その原因が取り除かれた現在、その危険はない筈だが。


「はい。実はこの護衛して頂く商人と言うのも冒険者ギルドから運送の依頼を出して受けていただいた方々なのですがその依頼の品と言うのが問題なのです」


 ほらきたー。と思ったイアリア。そこで、ん? と引っ掛かった。

 冒険者ギルドが依頼を出して運んでもらわなければならない危険物。行き先は流通の要であり、すなわちどんな物でも取り扱う事の出来る商都ベゼニーカ。つまり、取り扱いの全てにおいて気を付けなければならない物だという事だ。

 ……まさか。とイアリアが察したのを待っていた、という訳では無いだろうが、そういっても不思議ではないタイミングで、女性職員は続けた。


「此処アッディルは内地にある為塩や砂糖と言った調味料は他から輸入するしかありません。ですのでどうしても抱えている在庫と言うのはそんなに多くなくまた緊急時の為に使い切る訳にも行きません。そういう事情があり大量の狂魔草の花を全て砂糖漬け或いは塩漬けにすることが出来ず瓶に入れたまま保管されています。このままでは不測の事態が起こった場合大変な事になってしまう為その辺りの対処に慣れている冒険者ギルドベゼニーカ支部に送付する事になりました」

「ほんっとに、目の前の危機が去った後でも祟ってくれる草ね……」


 見た目が控えめで可憐な割に、色んな意味で全方位に迷惑をかけまくる毒草である。恐らく今も残った株を排除する為に、冒険者達は東の森に赴いているのだろう。

 しかしまぁ確かに、瓶に入れたまま放置してうっかり瓶を割ってしまえば大変な事になるし、無毒化せずに置いてあるという時点で厄ネタである。だから早急に無毒化とその後の処理が可能な場所に移動させるというのは至極妥当な判断だ。

 ……そして、運ぶのが危険物であるという事で、万が一にも積み荷に被害を出す訳にもいかないし、積み荷の内容を下手な相手に知られる訳にもいかない。その難易度を考えれば、高額な報酬も納得だった。


「……。まさか、この依頼を受けられるようにする為に私の冒険者ランクを上げたとかじゃないわよね?」

「それはありません。冒険者ランクは冒険者の方々の実力と信用の指標となります。よってそれを判断するのは純然たる実績とそこに至るまでの素行及び活動です」

「そう。ならいいのだけど」


 流石に当事者であるイアリアに運ばせる為に裏工作をしたとかではなかったようだ。疑り深くなっている、と、自分で自分に頭痛がしてきたイアリア。

 話を戻すと、この依頼はとても妥当で、イアリアが受けるのが誰にとっても一番都合が良いという事は分かった。そして報酬としても、その高額さに腰が引けた物の、魔法鞄である。欲しいかと言われれば、喉から手が出そうな程だ。

 それにそろそろアッディルを発つ必要も感じていた。商都であれば、イアリアの移動の痕跡は、更に追いづらくなるだろう。……この依頼を断っても得る物は無くリスクだけが積み上がる。逆に受ければ、メリットは数多い。


「分かったわ。出発は……明後日の朝ね?」

「はい。それでは依頼受領の手続きをさせて頂きます。また依頼を受けて頂いたという事でこちらの魔法鞄はお持ち帰りください」

「……まぁ、有難いけれど……」


 真新しくなった冒険者カードを早速預けて、それを返されるのに合わせてそこそこ大きな木箱も押し付けられたイアリア。その金額を考えればまだ腰は引けたが、それなりに増えた持ち物を荷造りする事を思えば、この鞄に入れるだけで済むのだから楽に済む。

 ……いずれにせよ、この身を隠す雨の日用の分厚いマントを人前で脱ぐことは有り得ないのだ。それなら、多少秘密が増えた所で変わらない。そう自分を納得させて、イアリアはその、思ったよりは軽い箱を受け取ったのだった。

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