第24話 宝石が消えても回り行く町
ガラガラと土の道に轍を刻みながら、商人のキャラバンが出発していく。彼らは運んでいる荷物の中身が迂闊に広められないという事で、冒険者ギルドと大変懇意にしている、特に信用のおける商人達だ。
もちろんその運搬には危険が伴う。積み荷に秘密がある事もあって、その護衛も冒険者ギルドにとって、十分信頼のおける人物に依頼した。
「朝に弱い方かと思っていましたが、起きようと思えば起きられたのですね」
遠ざかっていく馬車の集団を見送って、そんな呟きが落ちた。冒険者ギルドは朝が最も忙しい。その中を抜け出して見送りに来たのだが、護衛を引き受けてくれた冒険者は僅かに首を傾げただけだった。もっとも、それも絶対に脱ごうとしない分厚いマントとそのフードに隠れて、判別し辛い事この上なかったのだが。
危険物が手元を離れたからか、それともそのそっけない、或いは世間知らずとも言える態度を思ってか、冒険者ギルドの制服を纏ったその女性は息を1つ吐いた。そこへ、ぬ、と大きな影が落ちる。
「なんだ、嬢ちゃんはもう行っちまったのか」
「やはりとは思いましたが何も話していませんでしたか。えぇ。無事特別報酬も受け取ってあの馬車の何処かですよ」
「そうかい。俺達が留守にしてる間にレッグ達みたいな実質狩人になった奴らにも冒険者としての本分を思い出させたっつぅし」
「悲嘆にくれるだけならともかく、自棄になって暴動を起こされてはたまりませんでしたからね。正直そちらのフォローまで手が回っていなかったので、頭数として数えられるようになったのは助かりました」
「まーったく、こっちが困るぐらい手のかからねぇ嬢ちゃんだなぁ。ちったぁ世話を焼かせろってんだ」
それは依頼を受けて町から出る所だったベオグレンであり、その後ろには彼の仲間が続いている。彼らも彼らでその会話を聞いて、もう声なんて届かない距離になった馬車の後ろ姿に「元気でなー!」とか「今度は飲もうぜー!」とかそれぞれ勝手に声を送っている。
……冒険者ギルドが紹介した宿に彼女は泊っていて、その部屋が引き払われていることの把握はすでにしている。それはつまり、この町に戻って来る気が無い、という事だった。
まぁ、それを今口にしない程度の良識は女性にもあったし、それに関わる事情の推測を黙っておく程度の気遣いも持ち合わせていた。
「あなたの目的からすればそれは本末転倒では?」
「最初はな。あんまりにも死ぬ奴が多いから仕方なくやってたのは確かだ。けど年を食ってくると、若けぇのが育つのを見るのが楽しみになって来るんだよ」
「まだまだ現役をやって貰わなければ困りますね、割と本気で」
「勘弁してくれ。腹に穴開けられても、潮時かと思ったぐらいなんだぞ」
人間としてはまだ元気な内でも、冒険者としては大分年上となるベオグレン。そこそこ本気で嫌そうに息を吐いたが、すぐそれは苦笑に変わった。
「……ま、その傷も綺麗さっぱりどこかの手が掛からなすぎる新人に治されちまったがな。それに何でか傷が出来る前より体が良く動く」
「意外と筋肉より先に内臓がボロボロになっていたのでは? あの傷では、特に胃や肝臓なんて完全に潰れていたでしょう」
「さてなぁ」
魔法はあっても平民にはほぼ恩恵がない。それでも人体の構造と大体の役割ぐらいは、知ろうと思えば知る事が出来た。そして普段の暴飲暴食を思えば、その不調ならぬ好調の理由は察せるというものだ。それを誤魔化し、ベオグレンは傍らの女性を振り返る。
「だがあんたこそ、その心臓に悪い遊びをいい加減やめたらどうだ? 嬢ちゃんが知ったらそれこそ飛び上がって驚くんじゃねぇのか」
「まさか。この程度でそんなに感情は見せないでしょう」
ふふ、と笑う女性だが、ベオグレンは半眼になって呆れた視線を送るばかりだ。そしてひとしきり届かない声を送った所で満足したのか、仲間の冒険者達も好き勝手に言い始めた。
「いやいや、俺らだって教えられた時は心臓飛び出るかと思ったんですぜ?」
「俺はひっくり返って気絶したぞ」
「あの嬢ちゃんならとは思うが、俺もその場で腰を抜かしたからなぁ」
「ふふふ、中々皆さん良い反応でした」
いつもの涼やかな無表情に、愉しそうな微笑を浮かべる女性。それを見て、ベオグレンは肩をすくめた。処置無し、と言いたげだ。
もうすっかり馬車の群れは見えなくなっている。そろそろ影も短くなってきた。先ほど受けた依頼を思い、ベオグレンは仲間を促して町の外に踏み出していく。
それに一度軽く手を振って、女性もくるりと身を翻した。冒険者ギルドに戻るつもりなのだろう。ベオグレンは町を出て数歩進んだところで立ち止まり、見送りが無い事に気付いて、せめてもの意趣返しとしてこう声をかけた。
「そんじゃま、今日も働くとするか――いってくるぜ、
冒険者ギルドの制服……平の職員に紛れる為のそれを身に纏い、新米冒険者にただの職員として接し、一人前になった時に立場を明かすという「遊び」をちょくちょくやっている、冒険者ギルドアッディル支部においてもっとも高い立場を持つその女性は、一度振り返り、にっこり、と、対外用の笑顔を向けた。
「えぇ、依頼達成の報告をお待ちしております」
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