商人都市と宝石

第1話 才女だった逃げる宝石

 この世界には、魔力と言う力がある。

 4つと2つの適正が存在するそれを持って生まれるかどうかは完全に生まれつきの素質であり、若干血筋の影響も受けるものの、人の意思を介在させることは出来ない偶然である。

 そして魔力という力を持って生まれた人間は、大きく2つに分ける事が出来た。



 1つは魔法使い。宿して生まれてきた魔力の分だけ、世界を自分の意思で上書きする事が出来る人間。

 そしてもう1つは、魔石生み。その魔力は石の形を取って固まる為、そのままの状態で世界を上書きする事は出来ない。



 そしてその石の形に固まった魔力――魔石を使えば魔力の有無に関わらず誰でも、魔石がある限りいくらでも、魔石に込められた魔力の分だけ世界を上書き出来る。

 よって、魔法使いは国の武器あるいは盾として召し上げられることが多く、魔石生みは人間どころか生き物ですらない「資源」として扱われる事がほとんどだった。

 どちらもその魔力の質に変わりはない為、何故そんな差が生まれるかは分かっていない。またその魔力の量に関わらず魔石生みが魔法使いになることは無く、魔石生みの魔力は例外なく魔石へと変じる為、魔法を使うことは出来ない。



 ただし。

 極稀にだが、魔法使いが魔石生みに変じる事は、確認されている。




「おぉい、冒険者のお嬢さん。そろそろベゼニーカが見えて来たぞー」

「分かっていたけれど、やっとなのね……」


 複数の馬車が列となって土の道を進んでいく。その先頭の御者が、馬車の荷台へと声をかけた。それに若干疲れた声を返して顔を出したのは……雨の日用の分厚いマントに身を包み、フードをしっかり下ろした非常に怪しい人物だった。

 声は若い女性のものであるその人物は、アリアという名前で冒険者となり、ほんの1月ほどで一人前とされるコモンレアまで冒険者ランクを上げた、凄腕の魔薬師である。

 その本名は、イアリア・テレーザ・サルタマレンダ。登録した年より2つ上の17歳であり、本来であれば伯爵令嬢である筈の農村出身な元平民。濃い焦げ茶色のくせっ毛をフードに押し込め、フードの影の下に隠した大きく美しい翠の目で馬車の列が向かう先を見る彼女は、魔石生みへと変じた元魔法使いだった。


「……商都ベゼニーカ、ね。とりあえず、しばらくはのんびり寝て過ごしたいわ……」


 そして魔石生みに変わったその日に魔法使いとして通っていた国内有数の学園から逃亡し、現在も名目上の実家から逃げ続け、その底なんてない様な魔力を使い切って人間として生きる事を望む、現在進行形の逃亡者でもある。

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