第2話 宝石はここまでを振り返る

 穀倉地帯の中にある比較的大きいがのんびりとした田舎町であるアッディルから南へ、月の満ち欠け1回と半分をかけて移動した先にあるのは、ここエルリスト王国内でも有数の商業都市ベゼニーカだ。

 このまま更に南に進めば海に出て、東に進めば国境の険しくも鉱物資源が豊富な山脈、西に行けば王都がある、王国内における流通の重要拠点である。

 それ故にその大きな街を囲む防壁、魔力によって変異した動物――魔物に対する為のそれは高く分厚く、そこを巡回している人影はしっかりとした金属の鎧を纏っている。


「……ま、しっかりしてる分だけ時間がかかるのは仕方ないわよね……」


 ふあ、と欠伸をかみ殺しつつ、その防壁にある大きな門の前にずらりと並んだ長蛇の列の一部、数台固まっている馬車の荷台で、イアリアは暇を持て余していた。

 現在は一応「冒険者アリア」として護衛の仕事をしているので、勝手にこの場を離れて魔薬を作る材料を採りに行くという訳にもいかない。冒険者と言いつつ、魔力で変異した植物を主に使用し特殊な薬を作る魔薬師だと言ってもだ。

 気候的にもそこそこ暑くなってくる時期で、まして南に移動したのだから随分とこの辺りの気温は高い。その中で、相変わらず曇りでも晴れでも雨の日用の分厚いマントに全身を隠し、フードを深く下ろしたイアリアの姿は悪目立ちしていた。


「冒険者のお嬢さん、大丈夫かい?」

「大丈夫よ。暑さ対策はしているもの」


 その姿は怪しいとしか言いようがないのだが、護衛対象である商人がイアリアに向ける視線は同情と哀れみの籠ったものだ。というのも、イアリアは学園で受けた嫌がらせにより、左腕に酷く爛れた火傷痕があった。そしてそれを垣間見せ、フードを引き下ろし、以前魔薬の調合に失敗したのだ、と説明してあるからだ。

 お陰と言うか何というか、現在のイアリアに対する説明は「ほぼ全身に酷い火傷の痕があり、そのせいで生まれた村を追い出され、行く当ても帰る先も無いから冒険者になって旅をしている、抜群に腕の良い魔薬師」だ。

 確かに行く当ても帰る先もなく、魔法使いの学園に通っていた時に詰め込んだ知識によって魔薬師としての腕は上々だ。が、生まれた村から出たのは追い出されたからではなく、その高い魔力に目を付けられ、半ば誘拐されて引き剥がされたからだ。


「(思い出したら改めて腹が立ってきたわね)」


 なおそんな状態だったので、その時実行した男爵家では碌な扱いを受けていない。……そして、そんな男爵家ですらまだマシだったと思うような扱いを、引き取るという名目で無理やり名前を押し付けた伯爵家では受けていた。

 そういう経緯があったことは貴族の間では有名だったらしく、そこからの学園生活も四六時中何かしらの嫌がらせをされている状態。元が平民だからか教師も見て見ぬふりをするし、何をしようともどれだけ実力を示しても、与えられるものは義務的な最低限の物だけだった。

 それでもその高い魔力という名の実力で無理矢理それらを捩じ伏せながら卒業及びその後にある魔法使いとしてのエリート街道に向けて邁進していたのに、とある朝目覚めたら魔石生みに変わっていたのだ。


「(私、神様に恨まれるような事なんてした覚え無いんだけど)」


 一向に進まない行列の先を見るともなく眺めながら、イアリアは内心で盛大にため息を吐く。何故、と思い出したらキリがない。だから、緩く長く吐いた息にそれらの不満を乗せて、吐き出しておいた。

 マントの下で伸びをしつつ視線を左に向けると、そちらには平地が広がっている。高さがバラバラにそれぞれ絡み合うようになった草の海は、その根元に何が潜んでいるか分からないので踏み込むにはしっかりした準備が必要だ。

 逆に右を見ると、そちらは少し先から森が広がっている。昼間にもかかわらず暗く沈んだその場所は、人間の手が入っていない、魔物の支配する未開の地だった。


「……確か、行列に並んでから最低1日は待たされるんだったかしら?」

「そうだなぁ。しかしそれにしても随分と進みが遅い。こりゃ5日ぐらいはかかるかも知れないぞ」

「街が見えているのに当分野宿しなきゃいけないのね……」


 あまりに暇なので護衛対象である商人に確認を取るイアリア。さらっと返ってきた答えに不思議そうな響きは無く、つまりそこそこよくある事だというのを言外に物語っていた。

 イアリアは農村生まれである為、野宿に抵抗がある訳ではない。ただ、ちゃんとした寝台で眠る快適さというものを知っているだけだ。そして人間は、贅沢を覚えるとそちらに基準が移ってしまう生き物である。

 それでなくてもイアリアは人前では決して雨の日用の分厚いマントを脱がない。それは表面的には火傷の痕を隠す為であり、本質的には魔石生みに変わった自分を捕えようとする追手から、自分の姿を隠して目撃情報を消す為だ。


「(それにしても、通いなれた商人にとっても「随分と進みが遅い」のね。何かあったのかしら。こっちは危険物をさっさと運び込んでしまいたいのだけど)」


 イアリアも乗っている荷台の布に覆われた「荷物」は、狂魔草という植物の花だ。白く小さな花が鈴を連ねるように咲く姿は可憐だが、その正体はその花蜜から根の先まで魔力を狂わせ変異を誘発させる毒を持ち、魔物の大暴走――スタンピードを引き起こす、とびっきり質の悪い毒草だった。

 そしてその毒は人間にも有効で、幻薬、という極めて中毒性が高く狂気を誘発する危険な薬物の材料でもある。だから、通常は持っているだけでお咎めがある程に厳しく取り締まられている、文字通りの危険物なのだ。

 何故か田舎町であるアッディル近郊の森に大量発生し、その花だけでも回収し尽くして瓶に詰める事でスタンピードは阻止できたのだが、その花の無毒化までは材料の関係で不可能だった。


「(で、それが可能なベゼニーカに移送するから、機密保持的な意味でも当事者である私が護衛に就くのはまぁ、分かるわよ)」


 そしてその旅路の果てに足止めを喰らっているのが現在、という訳である。ふわ、ともう一つ、今度は正真正銘の欠伸を吐いて、イアリアはあまり座り心地が良いとは言えない荷台に座る姿勢を変えた。

 そのままもう一度視線を広がる平原に向ける。その中にひょこひょこと混ざっている魔薬の材料となる草を見つけて、荷台を降りて採取に行きたい衝動に駆られていた。


「しかしおかしいな……」


 そんな葛藤はマントとフードの下に隠され外には見えない。そしてイアリアは一応護衛という仕事をしている最中なので、ある程度最低限の注意は周りに振り向け続けていた。

 だからそんな商人の呟きもすぐに拾って反応できる。何が? と首を傾げつつ視線を向けると、御者席に居る商人も首を傾げつつ、一向に進む様子の無い行列の先へ目を向けていた。


「普段なら、これだけ長い列になったら他の門から入るように誘導があったりするんだがなぁ。何せ身動きが取れない、ほとんどの場合は何かしらの荷を積んだ馬車と商人の塊だ。それが守役騎士の巡回も無いってのは……」


 守役騎士とは、各町や街に常駐する公的な戦力の事で、門番や防壁の上からの見張りをしている集団を指す。有事の際には所属している街を守る為にその力を振るう他、街の中における治安維持も担当している。

 その強さは所属する街の規模や性質によって変わるが、少なくともこの商都ベゼニーカにおいては相当に練度が高かった筈だ。何せ貴重品が多い上に、法に触れる取引が行われる可能性も高いのだから、それらを取り締まる為には半端な鍛え方では及ばない。

 そしてこれだけの長蛇の列は、ベゼニーカ側の都合で発生したと言っていい。だから、それで不利益を被らないように、普通は守役騎士が集団で巡回という名の威嚇をしてくれる筈だと言う。


「……一応言っておくけど、私は護衛の仕事を受けていても、あなたとあなたの荷物以外を守るだけの技量はないわよ」

「もちろんそんなのは全員分かってるさ。だから、どの馬車にも護衛が付いているだろう? ちゃんとした護衛を雇っているんなら問題無いよ」


 で。それが無いという事は、つまり、それぞれに雇った護衛と言う戦力に頼らざるを得ないという事で。そもそも護衛というのは、専門職として成立する程度に需要のある仕事だ。

 何故需要があるかと言えば、それは当然――襲ってくる相手がいるから、である。

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