第3話 宝石は賊を撃退する

 実はイアリアは、護衛の真似事はした事があっても、実際に護衛としての仕事をするのは初めてだ。道中は幸い何事もなく、馬車に揺られながら警戒しているだけで良かったが、この足止めを食っている現状を見逃してくれるほど、襲撃者と言うのは優しくない。

 もちろん前後に並んでいる馬車にはそれぞれ護衛が付いているし、間に挟まっている行商人のような人物も、少数ながら武装した人間に囲まれている。そんな中、1人で複数台の馬車を担当しているイアリアは、悪い意味で目立ってしまったらしい。

 列に並ぶこと早2日。その列が消化される速度は、歩き始めたばかりの幼子でももうちょっと進めるだろうという感じだった。これは5日どころかもっとかかるかも知れない、とげんなりしていたイアリアは、陽が落ちてきて周囲が見えなくなる前に野営の準備をするべく、長く影を伸ばす荷台から降りた。


「……?」


 その視界に引っ掛かったのは、草の海となっている平原だ。その中に生えている魔薬に使える草を観察するぐらいしかやる事がない中、陽が落ちて赤く染め上げられたその中に、何か違和感を感じ取った。

 むき出しの土とは言え、道の安全を確保する為に定期的な草刈りが行われているのだろう。道の左右、幅にして成人男性が縦に2人並ぶことが出来る程度の範囲は、生えている草の背丈が低い。

 その向こうに、子供くらいなら余裕で隠れられる草の海が広がっている訳だが……。イアリアは違和感をそのまま警戒して、雨の日用のマントの下で、しっかりと体にくっつけるようにして掛けている鞄に手を突っ込んだ。見た目より大きいその中を探り、丸いつるつるした石のような物をいくつか掴んで取り出す。


「冒険者のお嬢さん、どうした?」


 荷台を平原側に降りて、そのまま動いていないように見えるイアリアに、こちらはちゃっちゃと野営の準備をしていたらしい商人が声をかける。少し考え、違和感について聞いてみようと、イアリアは僅かに振り向いた。

 瞬間。


「行くぞお前ら!!」

「「「ひゃっは――!!」」」


 草の海の中を伏せて進んでいたのか、土にまみれた汚い格好の男達が飛び出してきた。その手には碌に手入れをしていないのか、輝きの鈍い刃物がある。髪も髭も伸び放題、汚れているのは土だけではなさそうで、その目の輝きだけがギラギラと光って見えていた。

 ざっと見た限りだけで10人以上はいる。そしてその男達は、真っすぐイアリア及びその背後の馬車へと向かっていた。その前後に居た商人たちの護衛も反応するが、一歩遅い。

 ひっ、と馬車の向こうで短い悲鳴が上がる。大声に驚いた馬が暴れるような音がする。確かに、普通ならどうしようもない。男達……盗賊達にある程度ダメージを与えることは出来るだろうが、それでも少なくない被害が出るだろう。


「うるさいし汚いし臭いのよ! 近寄らないで頂戴!」


 ……ただし。それは、イアリアが普通の少女だった場合の話だ。



 現在は魔石生みになってしまったが、イアリアは国防の要であるエリートの魔法使いとしての教育を受けるザウスレトス学園に通っていた。そこでは当然、国に仕え国を守る為の教育が行われている。

 もちろんその主題は魔力を制御し、より強力な魔法を扱えることにある。だが、それとは別に、きっちりとした体力作りや色々な万が一に備えての訓練も行われていた。具体的には……接近された場合の対処、とか。



 そしてその中には投擲技術も入っており、イアリアは魔薬作りの腕前と共に一生懸命訓練していた。そのおかげで視界に入る全てとは言わないが、少なくとも詠唱していたら間に合わない距離の内での命中率は相当なものだ。

 当然。普通に喋れば大体の内容が伝わるような「至近距離」で、外す訳がない。イアリアは違和感を覚えた時点で握りこんでいた石のような物を、即座に投げつけた。それらは先頭を行く数人の、胸のど真ん中に命中。

 瞬間。――ぱぁん!! と、乾いた音と共に、それらは強い衝撃を伴って破裂した。


「ぐあっ!?」

「ぎゃあ!」

「ごへっ!?」


 衝撃で後ろにたたらを踏んだ盗賊達に、後続の盗賊達がぶつかって一瞬動きが止まる。そこへイアリアは、少し大きめの青い液体が入った瓶と、破裂する玉を一緒に投げつけた。

 ぱぁん! という破裂音にガシャンと瓶が砕ける音が重なる。主に足元で聞こえたその音に怯んだ盗賊達だが、すぐに再度動こうとして、


「てめぇこんにゃろ!」

「離れろ!」

「何だこれ、動けねぇ!?」


 何故だかその固まった状態のまま、そこから動けなくなっていた。

 もちろん動けなくなったのは全体の半分にも満たない。満たないが、後続の勢いを削いで馬車を守り、不意を突いて判断を鈍らせ……周囲の護衛からの援護を間に合わせるには、十分だ。

 周囲で動きを止められなかった盗賊達が、剣で斬られ、弓で射られて倒れていく。結果、行列を狙った襲撃は、ものの数分もかからずに全滅という形で終了した。


「……頭数が少ないのは、それで十分だからよ。よほど弱そうに見えたのかしら、私」


 イアリアが使ったのは、衝撃波を発生させる炸裂玉と、一瞬で固まる強力な接着剤だ。もちろんどちらも使い様なのだが、その辺訓練だけでなく嫌がらせも込みで擬似的とは言え迫真の実戦を積んでいたイアリアは、ある意味対人戦に慣れていた。

 サバイバルの訓練もしていたので血の匂いや死体に驚いたり怯える事も無い。そこらの魔物より人間の方が怖い、というのがイアリアの本音だった。何故なら、下手に殺す訳にはいかないので。

 ちなみにこのような盗賊や山賊といった犯罪者は、基本的に野の獣と扱いが一緒である。


「若いのに肝が据わってるなぁ……」


 その後、盗賊達が身に着けていた装備の回収と見分、山分けにもしっかり参加している姿を見て、馬をどうにか宥める事が出来た護衛対象の商人は、そんな事を呟いていたとか。

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