第4話 宝石は街に転がり込む

 粗末で二束三文とは言え換金が簡単な装備類ではなく、盗賊達の身体そのもの……と言っても髪の毛とひげを剃り取っただけなのだが……を自ら望んで手にしたイアリアは、周囲の護衛から相当に引かれていたのだが、当然本人は気づいていなかった。

 何に使うかと言われればちょっと特殊な魔薬の材料と答えるので、その距離が縮まる事は無い。魔薬師って怖い……という、間違いとも言い切れないが正解ではない共通認識がその場に居た護衛達に共有される事となった。

 流石に返り討ちに遭ったという情報が伝わったのか、それとも周辺にはそんなに盗賊がいなかったのか、そこから3日経ってようやくベゼニーカに入れるまではずっとやる事が無い、ただ待つだけの時間が過ぎていった。


「……もう1回ぐらいくるかと思ったのに、残念ね」


 入り際にそんな事を呟いていたが、幸い護衛対象である商人にも聞かれていなかったらしい。

 それはそれとして、ベゼニーカは別名で商人都市とも呼ばれる。それは立地の関係で流通の要となっているからであり、それ故に数多くの商人が日々出入りを繰り返し、その運営の為の税金の大半や治安維持の一部も商人が担当し、そして何より、商人たちの元締めとなっている商人ギルドの支部があるからだ。

 冒険者ギルドと違って商人ギルドの支部は限られた都市にしか存在しない。そして本部こそ首都に存在するが、どの支部も本部と負けず劣らずの規模を誇っていた。


「ま、私には関係ない事だけれど」


 なお、本来魔薬師は薬師ギルドという集団に所属している事が普通で、冒険者ギルドより商人ギルドとの付き合いの方が深いのが通常である。イアリアのような「1人で戦える魔薬師」は例外中の例外だ。

 とりあえずベゼニーカの冒険者ギルドに顔を出し、そこで依頼の完了手続きをして貰って護衛依頼は完了である。

 イアリアはそのまま冒険者ギルド推薦の宿へと移動し、そこの一室をとりあえず1ヶ月という期間で借りた。ベッドと窓しかない狭い部屋だが、値段はアッディルより高い。だがそれでも他の宿よりは良心価格だ。


「ほんっと、何でもあるけど全部高いわね。長居したらそれだけでお金が無くなりそう」


 流石と言うか何というか、扉と窓の鍵は空恐ろしく頑丈で複雑な物が取り付けてあって防犯的には何も問題なさそうだ。逆に言えば、これぐらいは無いと安心できないという事でもあるのだが。

 しかし、とイアリアは改めて部屋の中を見回す。机と椅子すらないのでは流石に不便だ。それでも、わざわざ高い家具を買って部屋に設置する程この街に長居をするつもりはない。

 どうしたものか……とイアリアはしばらく考え、


「……諦めるのが一番安全で手っ取り早そうね。別に魔薬の調合は床に道具を置いても出来るんだし」


 あっさりと諦めた。確かに、安全に眠るだけの部屋という意味ならばこのままで何も問題は無く、かさ張る上に高価な家具を買わないという選択肢は節約として有効だ。

 後は、その状態をイアリア自身が気にするかどうかだが、その辺イアリアはドライというか、無いなら無いでしょうがないとあっさり飲み込む性格をしていた。

 なので、街の中かつ部屋の中にも関わらずイアリアは折り畳み式の椅子と作業台を取り出し、部屋の中に設置した。そのまま、とある魔薬の作成を始める。


「ベゼニーカの冒険者ギルドでも魔薬の納品依頼と、素材の納品依頼はあったから……一晩休んで、明日はこの辺りの探索も兼ねて出かけてみようかしら」


 その場合問題になるのはあの不便極まる出入りの確認及びそれにかかる時間だが、どうやら時間がかかるのは街の外から中に入る分だけで、依頼を受けて出入りする分には通用口のような場所を通って簡単に通れるらしい、というのを冒険者ギルドで確認している。

 ちなみに、何故あれほどに待たされたのかという事についての説明は無かった。イアリアは大変もやもやしたのだが、護衛をしていた商人は特に何も反応を見せなかったのでスルーせざるを得なかったのだ。

 単純に手続きに時間がかかるかと思えば、イアリアが護衛をする商人の時は2、3の質問と言うか確認だけであっさり通れたので、余計に意味が分からない。


「通行税とかを取られるという訳でも無かったし、ほんと何だったの、あの大行列……」


 首を傾げながら作業を終えて、しばらく寝かせて安定させる為にすり鉢の上へ布をかぶせたイアリア。そして扉と窓の鍵をもう一度確認して、今日はもう眠る為にベッドへと潜り込んだのだった。

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