第5話 宝石は草の海を探る

 そして翌日。


「そこの怪しい奴、止まれ。……何、冒険者? 冒険者カードは? ……コモンレアか。街を出る目的は? ……成程、納品依頼か。最近物騒で魔薬が不足気味だ。もちろんこの商都で物が足りなくなるなんてことは無いが、冒険者ギルドは定価と言う名の良心価格で取り扱っているからな……あぁいや、何でもない。……ところで、何故そんな恰好をしているんだ? 堂々と顔の1つも見せれ、ば…………そうか。それはすまなかった。最近盗賊の活動が活発だから、気を付けるように。通って良し!」


 相変わらずイアリアは気温の高い晴れの日にも関わらず雨の日用の分厚いマントに全身を隠し、フードをしっかりと下ろしてその容貌を隠している。そのせいで門番に絡まれたが、今までと同じく左腕の火傷痕を見せるとあっさりと引いてくれた。

 ついでに助言までしてくれるので、この傷跡は便利だなとしみじみ思いながら草原へと移動するイアリア。使えるものは何でも使う農村生まれの元平民魔法使いは、逃亡生活中の魔石生みになっても変わらず逞しかった。


「それにしても、こちらでも魔薬が不足しているのね。流石に味草と癒草を取り違えている、何てことは無いようだけれど」


 さてそれはそれとして……。と、今日も進んだ様子の無い大行列を横目に、街の周囲と言う事で草刈りがされたのだろう背丈の低い草原と、イアリアの肩ぐらいまでなら隠れそうな高さの草原との境目に近づいていった。

 鞄を探って取り出すのは、幅と長さが指の1本ぐらいの小さな板だ。指で言う第一関節の辺りに小さな宝石にも見える緑の石がはめ込まれてあり、それより下の部分に魔法陣が溝を刻んでインクを詰める形で描かれていた。

 イアリアはその魔法陣の部分を、こん、と指で叩くと、即座にその小さな板を背の高い草原の中へと放り込んだ。カサ、と小さな音がして、草の海の中に木片のような板切れが落ちる。


――――ゥワン!


 直後、板が落ちた場所を中心として、周囲へと低い音のようなものが響き渡った。そこからしばらく、ガサガサバサバサと草の海の中で何かが慌てて逃げ出すような音が続く。

 人間には聞き取り辛いそれは、草原の中に隠れている蛇などの危険な動物を追い払う音だ。使い捨ての魔道具であり、効果は確かだが消耗品としては高価であると言う事で中々広まっていない。

 今回使ったこれはもちろん魔石まで含めてイアリアの手作りなので、元手はゼロだ。むしろ魔力を消費するという点でプラスですらある。


「毒蛇も、ちゃんと準備すれば色々な意味で美味しい相手なのだけど。今は納品依頼が優先だから、仕方ないわね。こんな街の近くで罠を仕掛ける訳にも行かないし」


 他人が聞けば物騒と感じる呟きを零しつつ、動くものが一通り逃げ出していなくなった草の海へと踏み込んでいくイアリア。雨の日用の分厚いマントの下は、森の中でも進める対草・対虫という意味での重装備だ。

 なので草の先で肌を切ったり虫に刺されたりすることもなく、順調に癒草を始めとした魔薬の素材を集めていく。途中、根に栄養と薬効を蓄えた芋を付ける種類を引っこ抜いたりもしていたので、草原を外から眺めている行列からは、イアリアがひょこひょこと頭を出したり引っ込めたりしているように見えただろう。

 もちろんそういう動きをしているイアリア自身がその辺を気にすることは無い。その格好もあって大変目立っているとしても、それは意識の外だ。


「この辺で採取に来る人っていないのかしら。割と珍しい草も生えてるし、私としてはとっても美味しくて助かるのだけど」


 それもその筈、イアリアの意識は、街の近くであり気軽に往復できる距離とは思えない程にある種の資源がたっぷりと残っている、この草の海へと向けられていたからだ。

 本人としては大変楽しく、わくわくとさえしながら採取を続けているのだが、その格好はそろそろ暑くなってきた晴れの日にも関わらずしっかりと雨の日用の分厚いコートに身を包んだ不審者そのもの。順番待ちをしている最中で他に注目するような物も無い中、普段からすれば随分多くの視線が向けられていた。

 ……が、この大行列は商都ベゼニーカに向かう商人が作っているものであり、そして商人と言うのは、良質な商品の気配に敏感な物だ。


「すまない、えーとそこの……魔薬師?」

「魔薬師兼コモンレア冒険者よ。何かしら」


 となれば、イアリアの見た目は横に置いておいて接触を図ろうとする人物が現れるのは必然だろう。恐らくはじりじりと商人同士でタイミングを読み合う中、その内の1人が護衛として雇っていた冒険者らしい1人が、草の海の縁からイアリアに声をかけて来た。


「あぁ、うちの雇い主があんたに興味があるって言ってんだが、ちょっと寄っていってくれないか?」


 イアリアが端的に自分の身分を口にすると、それに対してちょっとやる気が薄い感じで大行列の一部を親指で示す冒険者。その視線の先をイアリアが辿ると、にこ! と愛想のよい笑顔をしている商人らしい若い男が居るのが見えた。

 馬車は無く、その背中に大荷物を背負っているので、行商人らしい。もしくは大きな商会の見習いか、独り立ちしたばかりの商人なのだろう。

 と、あたりをつけたイアリア。まぁ大行列に目を向けるという事は、自分に向けられる興味津々な多くの目線に気付くという事だ。それに対してフードに隠した下で、眉間にしわを寄せるイアリア。


「その興味の内容によるわね。さっきの魔道具なら魔石以外自作で売れるほどの数は無いし、今は納品依頼の為に来てるから素材の販売には応じられないわ。魔薬を売ってくれって言うなら冒険者ギルドを通じて依頼を出して頂戴。私自身の事については秘密よ」

「内容によるとか言っときながらほぼ拒否ってんじゃんか……。まぁいいや。伝えてくる」


 ガードかった……と顔に書いて疲れた声を出した冒険者は、そのまま踵を返して大行列に戻っていった。イアリアも中断していた採取を再開する。

 話を切り出すきっかけになりそうな話題を全て先手で潰したからか、若干大行列の一部がざわついていたようだ。

 なおイアリアのガードがやたらと固いのは、もちろん逃亡生活の真っ最中だからだ。それに加えて、素材の宝庫と言えるこの草原で、採取にさっさと戻りたかったというのもある。


「結局、何だったのかしら」


 そしてその後太陽がほぼ真上に上る頃に採取を切り上げ街に戻るまで、イアリアに再度声が掛けられることは無かった。それに対し、商人流のナンパというもの? と若干ズレた推測をしつつ、イアリアは採取した素材を納品しに行ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る