第22話 宝石は報酬を受け取る

 朝方になっても騒ぎは収まらず、イアリアがふらふらしながら宿に戻れたのは、太陽がそれなりの高さに上った頃だった。

 そこからイアリアは次の日までぐっすりと眠り、その翌日はだらだらごろごろと自分で居心地よくしたベッドの上で過ごし、その後3日をかけて普段の生活ペースを取り戻した。

 なので冒険者ギルドに顔を出したのは、スタンピードが阻止できた日の6日後だ。いつものようにのんびりと朝寝をしてからの登場なので、祭りの余韻どころか、とっくに普段の生活に戻っている冒険者達の姿も無い。


「おやアリア様、体調の方は大丈夫でしょうか?」

「お陰様でね。またのんびり仕事をさせてもらうわ」


 受付のカウンターから、やっぱりいるいつもの女性職員に声を掛けられたのでそう返す。とはいえ、と内心で思うのは、有名になり過ぎたという懸念だ。アッディルにいるのはひとまずの逃避先であって、この調子では魔力を使い切るより寿命の方が先に来るだろう。

 それに名目上の実家の動きも探れていない。だからそろそろ町を移る事を検討しなくては……と思いつつ依頼書が張られた壁へと移動しかけたイアリアを、女性職員は呼び止めた。


「それは何よりです。さてそれはそれとしてアリア様」

「何かしら?」

「スタンピードの阻止及びそれに応じて斡旋させて頂いた依頼の報酬について少々ご説明とご相談があるのですがお時間宜しいでしょうか」

「……阻止の方はともかく、そう言えば受け取ってなかったわね」


 そして招かれるまま冒険者ギルドの奥にある小部屋へと案内される。以前狂魔草の鑑定に呼ばれたのと似たような、中央に机があり、その奥と手前に椅子があるだけの狭い部屋だ。

 女性職員はイアリアを手前側の椅子に案内すると、どうやら奥側にあるらしい別の扉を通って一度姿を消した。待つ、と言えるほどの時間も無く、その手にちょっとした山になる厚さの書類と、それを乗せたそこそこ大きい木箱を持って戻って来る。

 そしてその木箱ごと書類を机に置き、まず、という感じで書類だけを手に取って、イアリアの前に広げて見せた。


「まずこちらが冒険者ギルドから斡旋した依頼の依頼書及び達成率となります。手続きの為に冒険者カードをお預かりしてもよろしいでしょうか? またアリア様の口座よりいくつかの上級魔薬の買取をさせていただきたいと思いますのでこちらがその売約契約書ですのでご確認ください。同じくこちらはアリア様の口座に保管されている魔道具の売約契約書です」


 いつもの立て板に水の説明だが、イアリアはしっかりと聞き取って契約書に目を通した。まず依頼書の条件に目を通し、思っていた以上に数をこなした扱いになっていた事に僅かに驚き、まぁ報酬が増える分にはいいかと冒険者カードを渡す。

 それを受け取って奥側の扉から出ていく女性職員を見送り、売約契約書に目を通す。といっても事前に査定はして貰っていたので、その金額と差異が無いかを確認するだけだ。

 ……緊急購入、と書いてあって金額が上乗せしてあった。まぁお金が増える分には困らないか、と、イアリアはこちらもさっさと了承の印としてサインを書き込む。


「お待たせしました。今回の事で冒険者ランク上昇に必要な依頼数の達成及び十分な貢献が行われたという事でアリア様の冒険者ランクがアンコモンからコモンレアに上昇致しました。おめでとうございます」

「あら、ありがとう」


 その言葉と共に受け取った冒険者カードは、その素材を鉄のような金属に変えていた。これで一応、冒険者としてはひよっこを脱したという事になる。

 ……の、だが。冒険者カードをカード入れに収めようとして、イアリアはその右下に、小さな宝石が埋め込まれていることに気が付いた。紫がかった青い石は角度を変えて見るとその色の濃さを変化させる。

 え、なにこれ。という空気で顔を上げると、相変わらず涼やかな無表情の女性職員は、これもいつものように説明してくれた。


「スタンピードの阻止という町の存亡に係わる緊急事態に置いて大変大きな貢献をされたアリア様へ冒険者ギルドアッディル支部から贈られた勲章のような物です。アッディルではもちろん他の冒険者ギルド支部においても素材買取価格の上乗せや素材購入価格の割引に冒険者ギルド所有の施設の利用に際して便宜が図られる等々の特典が付きます」

「…………そう。まぁ貰えるものは貰っておくけれど」


 内心、「これじゃ何処へ行っても目立っちゃうじゃない……」と頭を抱えたイアリアだったが、ここで断ると更に面倒な事になるのは目に見えている。また、自分が貢献していないと言い張るのは、先程確認した依頼と売約契約書の数からして無理があった。

 むしろこれは祭りの騒ぎに乗じて逃げるしかなかったのでは? と今更思ったイアリアだったが、冒険者ギルドは大陸全土に、国境さえ超えて存在している。逃亡の為にも資金が必要で、それを稼ごうと思うと世話になるほかなく、結局逃げられないだろう。

 せめてもの救いは、カード入れに入れておけばその縁に隠れるから、不特定多数にバレる危険は低いという事だろうか。そう思いながらしっかりと冒険者カードをカード入れに収めて、雨の日用のマントの下に隠すイアリア。


「そしてここからがご相談なのですが、現在冒険者ギルドアッディル支部は未曽有の現金不足に陥っております」

「?」


 すすす、と広げられた書類にイアリアの「アリア」というサインが書き込まれているのを確認しつつ集めて束ね直した女性職員は、そんな事を口にした。

 未曽有の現金不足とは……と考え、思い至る。ウルフルズが連れて来た、周辺農村の村人たちだ。彼らが居たからスタンピードが阻止できたと言っても過言ではなく、村人への報酬であれば現金が一番だろう。

 緊急事態であった事も考えて色を付けて報酬を支払ったとすると、冒険者ギルドの金庫が空になっていてもおかしくはない。何せ人数が人数だ。命を懸けたという事に報いる為にも、報酬という実感のある即金で出さないといけなかったというのもあるかも知れない。


「ですので現在アリア様にお支払いできる現金が存在しない状態となっております。申し訳ありません」

「……直接口座に入れた扱いとかには出来ないの?」

「必要となった時に引き出せない現金などあっては冒険者ギルドの信用にかかわります」


 す、と頭を下げられてからの説明には、イアリアも納得するしかない。確かに、お金というのはいつどんな形で必要になる物かは分からないのだ。イアリアはある程度の現金を持ち歩いているが、それでも実質的に存在しないお金が存在するというのは問題だろう。

 そこまでイアリアが理解したところで、女性職員は脇に避けていた木箱を机の中央に持ってきた。……よく見れば結構造りのいい木箱だ。つまり、高級品と言う事である。

 現金不足と木箱の造りを見て、流石にイアリアも察した。現金が無いのはどうしようもない。だが報酬を支払わないというのもそれはそれで信用に係わる。なら、だ。


「と言う事で今回のアリア様の貢献度及び報酬累計金額を鑑みて冒険者ギルドから支払える報酬がこちらの現品になってしまうのですが、宜しいでしょうか?」

「物によるわね。まぁ稀少素材とかでも普通に嬉しいけれど」


 つまり、お金以外で支払うという事だ。通常は宝石や貴金属が該当するが、イアリアは「魔薬師アリア」として冒険者をやっている。冒険者ギルドなら稀少な素材を保持している事もあるだろうし、そちらでも問題は何もない。

 そこそこ大きな木箱は、緩衝材を含めていたとしても実質的に宝箱だ。正直現金ばかりがあっても使い道に困っていたイアリアとしては、むしろこちらのほうが嬉しかったりする。

 物による、と口では言いつつ実質は既に了承している。その空気をフードに顔が隠されていても察したのか、女性職員は1つ頷いた。


「内部空間拡張能力付きの鞄です」

「?」

「内部に入れた品の保護や自動的に整理する機能も付いており通常の鞄としても強化が施されていて丈夫、更にベルトを通す場所も多く肩掛けでもベルトポーチとしてもお使いいただける一品となっております」

「???」


 そして、そこから出て来たいつもの滑らか極まる説明に、ちょっと思考が停止した。

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