第21話 宝石は努力の末を見る
納品の合間を縫うようにして聞いた話によると、ウルフルズというクラン、及び代表者であるベオグレンは、このアッディルでは知らぬ者のいない、冒険者の代表とも呼べる人物なのだそうだ。
農村が多い分だけ村を飛び出してくる若者が多く、しかしあちこちに残っている森は半ば未開の地で危険も多い。そういうある意味で大変危険な新米冒険者達を死なないように、時に諭し、時に叱り、最低限の実力がつくまで守る、ある意味でこの近辺で活動する冒険者達の大多数にとって育ての親と呼べる存在なのだと。
だからイアリアが想像したような、町を見捨てて逃げるなんてことは有り得ない。冒険者ギルドの方も、確かに連絡も何も無くいなくなったから驚きはしたが、きっと何か考えがあっての事で、必ず戻って来ると信じていたが故にその後の対応がスムーズだったのだとか。
「だからアリア様の事も気にかけられていたようですよ。事実アリア様が冒険者ギルドに来る時は大抵最低でもロビーが賑わっていたでしょう?」
「分かんないわよそんなの」
「まぁベオグレン様も死にかけて運び込まれたところを救って貰ったという事で大変恩義を感じたと同時に魔薬師としての腕前も大したものだと認めてそれ以降は一人前として接する事にしたようですが」
「だから、そんな態度とか空気で示されても分かんないわよ」
という内容を、何だかんだと手続き関係はほぼ一手に引き受けてくれている感じもする冒険者ギルドの女性職員から聞いて、イアリアはため息も出ないと首を横に振った。
もちろんそんなやりとりを挟みながらも魔薬を作る手は止めていないし、納品された魔薬は即座に東の森へと運ばれている。ウルフルズ、ひいてはベオグレンが駆けずり回って人手を集めて来て、それでも猶予は丸1日に足りない。
イアリアも2連続の徹夜で鈍りそうになる頭と、狂いそうになる手元を、いつもよりしっかりと注意を向ける事で何とか精度を維持して魔薬を作り続けた。
やがて、日が天頂に上り。
そこから傾き。
一面を赤く染めながら、最後の光を、地平の向こうに隠して――――
「…………静かとは、とても言えないわね」
結局今日の昼食どころか夕食まで抜いてしまったイアリアは、壁に背中を預ける形でふらつきをおさえながら、冒険者ギルドの1階を、その端から眺めて呟いた。
もちろん協力者であり一般人である周囲の農村に住む人々はとっくに町へと戻ってきている。そして、今は冒険者達も、町の中へと1人残らず戻って来ていた。
何故なら、その必要があったからだ。もちろん夜の森は危険だ。というか、町の外に出る事自体が危険だ。だが、今はそれ以上に……
「アッディルの英雄に!」
「愛すべき馬鹿共に!」
「善良な収穫の達人たちに!」
「「「「「かんっぱ――――い!!!」」」」」
……町中を上げての、お祭り騒ぎの最中だからだ。
今しがた叫ばれた音頭も現時点で一体何度目で何か所目やら、冒険者ギルドの扉も開け放たれ、昨日と一昨日の静けさが嘘のように大通りまでこのどんちゃん騒ぎは続いている。恐らく、このまま朝まで続くだろう。
やはり数と言うのは力なのか、ウルフルズが集めて来た頼もしい助っ人達は見事、日が落ち切るまでに全ての狂魔草の花を刈り取って瓶に詰めてみせた。その瓶は現在冒険者ギルドの職員達によって、砂糖漬けあるいは塩漬けにされている筈だ。
そして狂魔草の花が無くなれば、それを原因とするスタンピードは発生しない。今も念の為東の森に対して監視の目は向けられているが、むしろここ数日より静かになっているぐらいらしい。
「まぁ鼻の良い魔物なら蕾でも影響は受けるでしょうしね……」
と呟くイアリアも、ちゃっかりいつも食べるものよりお高いお肉と野菜を確保して、昼食と夕食の分を取り返すように食べているのだが。ちなみにこれらの料理や酒は、スタンピード阻止成功のお祝いという事で、普段は大通りに出ている屋台からのふるまいだ。つまり、タダ飯である。
まぁそもそもアッディルという町は肉と野菜の値段が安くて質が良い。高いのは魚ぐらいだろう。その上今回のスタンピードを阻止する為に東の森へ多くの冒険者が向かい、村人達の安全を確保する為に大量の魔物と動物を狩っている。その肉の消化という側面もあったりした。
冒険者も町人も村人も関係なく、料理を食べ酒を飲み交わして笑い合い、喜びを爆発させている。……魔物の恐ろしさは、身近な分だけよく知っているだろう。それが大挙して襲ってくるとなれば、どれほどの事か。そして、今回はそれを、ギリギリとはいえ阻止できたのだ。
「今夜は眠れそうにないわね。昨日までとは違う意味で」
流石にそろそろ眠気の方が勝ってきたイアリアだが、この分では宿に辿り着くのも一苦労だろう。そもそも、他人事みたいな顔をしているし、町人と村人には知られていないが、イアリアだってこのスタンピード阻止に大きく貢献している。
だから下手に動けば捕まって騒ぎの中心に据えられてしまうのは想像に難くなく、相変わらず雨の日用の分厚いマントに全身を包み、フードを降ろして顔を隠しているイアリアにとってそれは大変困った事態だ。
まぁこの騒ぎの中なので、気を付けて動けば人混みをすり抜けて欲しい屋台料理や飲み物を手に入れる事ぐらいはどうにかなる。が、逆に言えば、祭りの流れに沿わない動きをすれば、すぐに気付かれて囲まれるだろう。
「……一応、冒険者ギルドの方に仮眠できる部屋が無いか確認しておいた方が良いかしら」
なのでイアリアは早々に冒険者ギルドから出る事を諦めていた。流石にロビーで酔いつぶれて眠るつもりは無いが、三徹目に突入するのは致し方ないという覚悟だ。
「(まぁ、とりあえず差し迫った危機は乗り切ったのだし、お金もかなり稼げたし、向こうしばらくはだらだら寝て過ごしてもいいわよね)」
欠伸を塞ぐように料理を口に詰め込んで、空になった皿を手に、イアリアはお代わりを求めて人混みへ紛れに行くのだった。
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