第25話 宝石が吹き飛ばされた後

 その日、グゼフィン村は混乱の中にあった。



 何故なら冬の間に山賊が現れて周辺の村を荒らしまわり、事態を重く見た冒険者ギルドとグゼフィン村の村長が、周辺の村から人を集め、山賊を迎え撃つことにしたからだ。

 冬が開けたところでの行動にはそれなりに不満も上がったが、山賊を放置しておくわけにはいかない。だから集団避難が始まり、グゼフィン村はそれを受け入れた。

 そこから数日してからは、連日野生動物が襲ってくるようになった。無事に撃退されていたようだが、村人としては恐ろしくて仕方ない。大きな爆発が起きた時は、壁に穴が開いたのではと囁かれた。



 それでも、ちゃんと食べるものがあって、水が飲めて、なんならよく効く薬が買えていたので、まあまあ持ちこたえていた。それでも不安はあったが、村長が食べ物と酒をふるまってくれたので、少しは気分も上向いた。

 ただその翌日には、何故か何人かの姿が無かったり、どうやら夜の間に大変な戦いがあったという話が聞こえたり、それはそれで混乱と不安はぶり返していたが……。

 夕方。日も暮れる頃になって、今日も1日無事だった事を喜んでいたら。



 冒険者ギルドから、凄まじい音が響いた。


「なんだ!?」

「爆発!?」

「冒険者ギルドが……!」


 悲鳴が上がる。逃げる声と共に混乱が伝播していく。冒険者の多くは山賊のアジト探しと掃討のために町の外だ。守役騎士も、流石に冒険者ギルドの中にまでは踏み込めない。

 とりあえず混乱する村人達の避難誘導をしつつ、爆発したような、しかし煙も火も全く見えない冒険者ギルドの様子を見守るしかない守役騎士たちだったが、その内、冒険者ギルドから誰かが出てきた。


「やあ、酷い目にあったな……おや、避難誘導をしてくれたのか。助かるよ」


 それは、一見その言葉だけを聞けばいつも通りの、冒険者ギルドグゼフィン村支部の支部長だった。ただしその左腕は力なく下がり、額から流れる血で顔の左側から肩までが真っ赤に染まっている。

 ただしその右腕で、グゼフィン村の村長を担いで外に出てきていた。なおその後ろに、同じく怪我を負った冒険者が何人か続いている。


「そっ、村長!? あいえ支部長も、一体何が……っ!?」

「何が起きたんだろうねぇ……。僕も正直分かっていないし、分かりそうな相手には話が聞けるか怪しいから、最悪このまま真実は闇に葬られるかな」

「は……っ!?」

「とりあえず、村長を頼めるかな。倉庫が無事なら魔薬があるだろうから、怪我ぐらいならすぐ治せるし」

「は、はっ!」


 慌てて駆け寄った守役騎士は、同じく慌てて担架を取りに行った。何が起こったかは分からないし、なんだか支部長からやけに恐ろしい話を聞いてしまった気がするが、どうやら気を失っている村長を運ぶことに集中して忘れることにしたらしい。

 それを見送り、支部長はおもむろに自分の左肩を右手で支え、押し込むように動かした。ゴキ、と鈍い音がして、左腕が動くようになる。


「さて、と……やっぱり、いないのはあの2人でいいのかな?」

「はい。至近距離にいた冒険者は弾き飛ばされ、隣の建物に突っ込んでいたようです。重傷ですが、生きています」

「生きているなら何とかなるね。優秀な魔薬師が優れた薬を作ってくれていたようだから」


 元冒険者である支部長は、同じく元冒険者であるギルド職員に確認を取ってから、冒険者ギルドの吹き飛んだ部分を振り返った。煙も火も見えない。それはそうだ。何故ならあの破壊をもたらしたのは、火薬ではないのだから。

 魔力暴走。そう呼ばれるものに支部長が遭遇したのは、実は初めてではない。冒険者時代に、強力な魔物を倒そうとしてしくじり、魔力暴走を許して大きな被害を出してしまったことがある。

 だからこそ、比較が出来た。


「……酷く嫌な気配で、随分と意図的な魔力だったな」


 魔力を保有する事と、魔力を知覚する事は、別の話だ。特に魔物は固有魔法を持っている事が多く、それを討伐する冒険者において、魔力を知覚する才能は重要度が高い。

 むしろ魔物狩りで一定以上の名声を得ようと思えば、必須技能だ。なおもちろんだが、魔物が扱う固有魔法の前兆を読み取る事と、魔力を持つ人間が意識して隠している魔力を感知する事では、難易度が天と地ほども違う。

 まぁともかく、冒険者としてはそれなりの名声を得て、その名声から支部長になった経緯がある以上、グゼフィン村支部の支部長も魔力を感知する感覚は習得していた。


「本人の命を搾り取って魔力に変える感じか? だとしたら、何か鍵のようなものがある筈だけど……この瓦礫の中じゃなぁ」


 呟きながら左肩の脱臼と、額の傷の簡易的な治療をした支部長は、盛大に吹き飛んだ冒険者ギルドの建物を見る。まだ山賊も仕留めきれていないのに、とぼやいた。


「……まぁ、出来る事はやろうか。ここまでの感じだと、恐らくいなかった2人は、サルタマレンダ伯爵領の中央にいるんだろうし」


 そして一度北西の方向へと目を向けて……まずは汚れと血で酷い事になっている服を替えるためと、傷のちゃんとした手当てをする為に、その場を離れていった。

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