第24話 宝石は話し合いを終える
「まぁ、そうだね。こういう事を言ってはいけないんだろうけど、ギルドの支部長としては、断ってくれてほっとしているよ」
というのがイアリアの即答に対する、冒険者ギルドグゼフィン支部の支部長が出したコメントだった。部屋の隅はさらにうるさくなったが、グゼフィン村の村長も頷いているし、イエンスも「だよな」という顔をしているので、まぁ当然の反応だろう。
何故なら貴族からの招待に応じるというのは、ほぼ間違いなくそのまま貴族のお抱えになるという事だからだ。冒険者は「自由」のみを自らの上に置く、というのが大原則。だから、止める訳にも行かない。
それが、自分で冒険者ギルドに残る事を選んだ……つまり利益をもたらしてくれる事を選んだのだから、そっぽを向かれないように全力で守るのは当然というやつだ。
「しかし本当に、彼についてはどうしてそうなったのか理解に苦しむね。とはいえ、サルタマレンダ伯爵にはこちらから断りの返事を出しておくよ。これからアリア君はどうするのかな?」
「今話に出た魔薬の治験が終わるまでは、グゼフィン村にいるつもりよ。治験が終わったらもう少し数を作って、その後は山賊が討伐完了しているかどうか次第ね」
「なるほど。山賊に協力ししていた人間の特定も終わったようだし、どうやら知られては困る通路がいくつか知られていたようだから、それもあって今は総力を挙げて拠点を探している」
部屋の隅は相変わらずうるさいが、一番近い席にいるイエンスが時々気にするだけで、全員が無視していた。何故なら他人の話を全く聞かず、その話す内容は唯一他の文章や証言と食い違う、つまり、1人だけ事実と違う事を認識している可能性が高いからだ。
そしてその理由が誰にもわからないので、これはもう言い分を聞く、ではなく、問い詰める、方向で、知っている事を全て話してもらう事になる筈だ。実際、話が大体終わったと見て、ギルド職員と冒険者により部屋から引きずり出されようとしている。
もちろん全力で暴れているようなのだし、領軍に所属して、恐らくは早馬を駆る事が出来る立場にあったのは確かなのだろう。が、それ以上に屈強な冒険者が数人がかりでは勝てないようだ。
「……ところで。本当にそこの男は、領主様の軍隊に所属しているのだろうか?」
なのだが、その前に。グゼフィン村の村長がそう疑問の声を上げた。声に混ざっているのは懐疑というより心配、もっというなら畏怖だろうか。もし本当に領軍に所属しているのであれば、不敬になるのでは。そう思ったのかも知れない。
まぁそれは当然だ。村長ぐらいであれば、国王よりも領主の方がより分かりやすい支配者で、逆らってはいけない相手だと思うものだろう。何せ名前が出る頻度や、折々で出会う機会の回数が違う。
冒険者ギルドの支部長ともなればそうでもないのか、ふむ、と納得のような声を出した支部長。
「それは恐らく間違いないね。鎧にサルタマレンダ伯爵の領軍である事を示す紋章が入っていたから。もちろん、鎧を盗んだとかいうなら話は別だが、サイズ調節もしてあるし、所属は間違いないだろう」
「それは……」
「けど、それはそれだよ。言ってはあれだが、人間的に失礼が過ぎるからね。そもそも、領主の威厳を借りて下の者を脅しつけるなんて、その方が懲罰の対象だ。サルタマレンダ伯爵は話の分かる御仁だから、事情をちゃんと説明すれば分かって下さると思うよ」
「は、はぁ……」
グゼフィン村における力関係が分かる感じの会話だったが、まぁ仕方ない。ガワは立派だとは言え内情はただの村と、必要なら王族ともかかわる冒険者ギルドの支部では、同じ長と言っても立場や接する相手が違い過ぎる。
イアリアも、名目上の実家が対外取引については大変真面目で誠実である事を知っている為、「話の分かる御仁」という評価には異論をはさまなかった。
「(そう。対外対応は、ね。……身内というか、入荷した商品に対してはあれだったけど)」
これがイアリアの認識だ。外には出さなかったので誰も察しなかったが。
とはいえ、これで終わりは終わりだ。言うべき事を言って、聞くべき事を聞き、結論が出た。
の、だが。
「この、犯罪者共が!!」
何かが力づくで引きちぎれる音。慌てる声。何かが床に叩きつけられる音。これらの音に続いて、そんな叫びが響いた。
イアリアが椅子から立って警戒しながら入口の方を見ると、冒険者2人がかりで床に抑え込まれながら、鎧男が叫んでいた。猿轡は、とその周囲を見ると、どうやら自分で引きちぎったらしい。
縄の残骸もある事から、文字通り力づくで拘束を振りほどいたようだ。……とはいえ、人間の力で外せるような拘束のされ方では無かった筈だが。
「伯爵様が、ご令嬢の事でどれだけ心を痛めていた事か! 成果を上げたと聞いて、どれだけ喜ばれていた事か! それを、それを貴様ら――!!」
イエンスも椅子から立ち上がって剣に手をかけているし、支部長も立ち上がって、怯える村長を後ろに庇っている。流石に全員気付いていた。何か、様子だけではなく、何かがおかしいという事に。
……そして。イアリアがその「おかしさ」に妙な既視感を覚えるのと、恐らく、イエンスの目が金色に変わるのとが、ほぼ同時だった。
「まさか」
「ヤベ、全員ここから離れ――」
バキン、と、何かが砕ける音が小さく響く。同時に。
「サルタマレンダ伯爵に逆らうものに、黒き女神の呪いあれ!!」
意味不明な言葉と共に、鎧男から。
魔力など欠片も持っていなかった筈の、ただの人間から。
膨大な魔力が噴き出して――その場を、蹂躙した。
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