第23話 宝石は話し合いをする

 そこから5分もすれば、結局名乗らなかった怒鳴り声男の声はフェードアウトしていったし、一緒にいたらしいイエンスもどこかへ移動していったようだった。そして、部屋で待機するついでに色々準備や魔薬の確認をしていたイアリアが呼ばれたのは、更に1時間後だ。

 流石に昨日の夕食から考えて丸1日何も食べていなければお腹も減る。なのでイアリアは内部空間拡張能力付きの鞄マジックバッグに入れていた保存食を食べて空腹を紛らわせた。泊まっている宿の食事を逃したのは残念だが、徹夜から半日眠っていたのは仕方ないし、宿屋の人間も眠り薬でぐっすりだったのだから、朝には支度が出来ていなかっただろう。

 改めてしっかりとマントのフードを降ろした状態で、イアリアは呼びに来たギルド職員の後についていく。案内されたのは、それなりに広さのある部屋だった。中央に大きな机があり、向かって右側にイエンスと、全力で睨みつけてくる、鎧を纏った男がいる。


「それでは、互いの言い分を確認しようか」


 イアリアは向かって左側に移動して、目を逸らすイエンスと睨みつけてくる鎧男の正面に座った。入り口の正面であり、現在のイアリアから見て左側には、冒険者ギルドグゼフィン村支部の支部長と思われる男性と、貴族程ではないが仕立ての良い服を着た男性が座っている。

 恐らくは、グゼフィン村の村長なのだろう。とイアリアが推測している間に、まず鎧男が唾を飛ばすような勢いで喋り始めた。

 それによれば、鎧男はサルタマレンダ伯爵が保有する戦力、領軍の所属であり、イエンスの守護役なのだそうだ。そして1週間ほど前にイエンスから連絡があり、婚約者を見つけた事と、その婚約者がサルタマレンダ伯爵令嬢の開発した魔薬を使っていた事を伝えてきたのだという。


「もちろん即座に報告を上げたっ! その結果が捕縛許可証だ! 冒険者ギルドがそこの犯罪者を匿うというなら、相応の対応をされると心得ろ!」


 ……何というか、怖い物知らずね。というのがイアリアの正直なところだった。捕縛許可証、とは言うが、現物は既に冒険者ギルドに取り上げられているのだろう。恐らく、支部長と村長の手元にある書類のどれかだと思われる。

 なおかつ、相応の対応、という言葉に反応したのは推定グゼフィン村の村長であり、ギルド支部長は穏やかな笑みを一切揺らさなかった時点で、大体分かると思うのだが。主に力関係が。

 肩で息をして睨みつける目を血走らせた鎧男は、ここで一度猿轡を噛まされて部屋の隅に引きずって行かれた。まぁそうなるわよね。と、イアリアは納得しつつ、イエンスに冷め切った目を向ける。まぁ、フードに隠れて見えないのだが。


「あーっと、その、いくつか事実誤認っていうか、彼の思い込みで、俺の言った事とは変わってる部分があって……訂正してもいいかな、いやいいですか」

「今はお互いの言い分を確認しているところだからね。発言は順番であれば問題ないよ。多少聞き取りにくくても、嘘を吐かなければ大丈夫」


 思い込み、あたりで部屋の隅が騒がしくなったが、それはさておき。

 イエンスが言うには、非常用の連絡機というのは確かにあるが、実際に使ったのは月に1度、定時連絡で使う方らしい。使ったのは酔い潰れた翌日の夕方で、その時に伝えたのは、グゼフィン村に山賊の脅威が迫っている事だったとの事。

 その時イアリアの話題も出たが、どうやらイエンスとしては、治験依頼として回って来た栄養スープの事を言ったらしい。あれは良いものだ、是非伯爵領でも取り入れた方がいい、と伝えた……つもりだったようだ。


「だから、どこから伯爵令嬢の話が出てきたのかも分からないし、爆発する魔薬? の話は出してない。正直、俺にもどうして捕縛って話になったのか分からない」


 ……どうやらちゃんと脅しておいて良かったようね。そうイアリアは内心で呟いたが、それはともかく。

 支部長と村長の目がこちらに向いたので、イアリアも正直に自分の知るところを話す。もちろん、嘘は1つも入っていない。嘘などつかなくても、真実を誤魔化す方法などいくらでもある。

 事故のような魔力暴走。それによる強制転移。転移先の最寄りがハイノ村であり、集団避難にくっついでグゼフィン村に来た事。それ以降は冒険者ギルドでもよく知る事だろう。


「貴族と接したことが無いとは言わないけど、あんまり良いもので無かったのは確かね。ただ大半が男性だったし、少ない女性も、令嬢と呼ばれるような方はいなかったわ」


 嘘ではない。いくつか情報を伏せて、「冒険者アリア」という存在の言葉とするなら真実とは違う方向にしか解釈できないだけだ。

 何せ生粋の貴族は、魔法学園に入る前に婚約ないし結婚するのだ。もちろんイアリアのような平民からの養子は別だが、なにやら過去に恋愛沙汰で問題が起きたらしく、「令嬢」はいない。

 そもそも貴族は、女性が前に出る事をよしとしない。魔法だって魔法学園に通わずとも、暴走しない為の制御だけなら家庭教師でも十分に教えられる。魔法学園に通うのは基本的に軍に所属する為なのだから、女性は少なくて当然なのだが。


「言い分が出そろったようだから、こちらも情報を出そうか。そうだね、まずは一番問題だろう「捕縛許可証」とやらからにしよう」


 鎧男は部屋の隅で猿轡を噛まされた上、屈強な冒険者に抑え込まれているのだが、それを鮮やかに無視して冒険者ギルドのグゼフィン村支部、支部長が、書類の中から1枚の書類を取り出した。

 そしてそれを、自分で眺め、隣のグゼフィン村村長に渡す。村長も同じく眺め、頷いて支部長に返した。


「これはね。捕縛許可証なんかではないよ」

「えっ」


 部屋の隅が更にうるさくなったが、無視。イエンスの疑問の声もさらっと流して、支部長が言うには。


「何故なら僕と村長が見る限り、これは招待状だからだ。優秀な魔薬師がいると聞いて、ぜひ会いたいというね。もちろん拒否権もある。まずこれについての意見を聞こうか。どうかな、アリア君?」

「お断りするわ」


 視線を向けられたイアリアが即答だったのは、当然だろう。

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