第22話 宝石は下がる
オルトロスは片方の首を半分以上切られ、残った頭の目も片方潰されたところで、イアリアの予測通りに群れの狼を呼び寄せる遠吠えを上げた。
集まって来た狼たちはその身に鎧のようなものを纏っていて、地上で相手をしていた冒険者曰く、火薬を詰め込んだ上着のような物だったらしい。
流石に防壁の上からその詳細まで分からなかったものの、イアリアは宣言通り、最小限の隙間だけを残して丁寧にばら撒いていた油に、矢じりではなく、火属性の魔石を埋め込んだ粘土球の付いた矢を撃ち込む事で着火した。
どうやらギリギリ伝言が間に合ったらしく、その時点で地上にいた冒険者たちは撤退。オルトロスを含めた狼たちは後を追うようにしてグゼフィン村に近づいてきたが、狼は火薬に引火して、そしてオルトロスはその余波を浴びた上で集中攻撃されて、残らず倒された。
「……ふぁ……」
その後イアリアは夜が明けるまで警戒していたのだが、他の場所でも爆発音が響いていた事からして、火薬を纏った狼は他の場所からも突っ込んできていたらしい。もっともその場には何も残っていないので、狼かどうかは不明だが。
きっちり隙間なく油を撒いていたイアリアの読み勝ちという事で、褒められる事はあっても怒られる事は無かった。そしてようやく夜が明けたところで、徹夜していたイアリアは撤退。宿に戻っても人がいないという事で、冒険者ギルドに部屋を借りて就寝。
そしてやっと目覚めた現在は、と、起き上がったイアリアが外を見ると。
「……夕方ね。きっちり半日眠ってしまったわ」
そこには、西側から差し込む赤い光が空を染めている光景があった。お腹が減った筈よね。なんて呟きながら、仮眠室のベッドを降りて体を伸ばす。
そしてまず荷物をチェックして、
毛布も軽く直したところで、部屋を出る為に扉に向かった。内側から鍵がかけられる仕様なので安心だ。
「冒険者アリア! 起きているか!」
だと、言うのに。
その近寄った扉から、突然激しく扉を叩く音と共に、聞きなれない男の声でそんな風に怒鳴られると、流石にイアリアだって驚く。
「今起きたところよ。何? 女性の寝起きの姿を見る趣味でもあるの?」
「言い訳はいい! 早く出てこい!」
驚くが、だからといって対応しないという事にはならない。まぁイアリアの場合、部屋に入る時のマナーが(身内限定で)なっていない兄弟子がいて、若干の慣れがあるのもあるが。
「こっちは徹夜で防衛戦をしたのよ。頭に響くし近所迷惑だから、大声はやめてもらえるかしら」
「この……! 随分とふてぶてしい……!」
「無理に押し入らない分だけ紳士ではあるけれど、まず要件を言うべきじゃない?」
衣擦れの音代わりに、ばさり、とマントの裾を翻して音を出すイアリア。それに対して、ぐっ、と一瞬詰まったらしい誰かは、ふん! と扉越しでも分かる鼻息を吐いて、こう言い放った。
「貴様には魔薬の製法を盗んだ疑いがかけられている!」
「……、はぁ?」
「白を切っても無駄だぞ! 貴様が作っていた「爆発する小瓶」とやら。あれの開発者はこの領地の娘である、イアリア・テレーザ・サルタマレンダ伯爵令嬢なのだからな!」
……それ、私なのだけど? と、流石にイアリアは口に出さなかった。何せ今ここにいるのは「冒険者アリア」である。冒険者ギルドは薄々気付いているかも知れないが、少なくとも、自分で肯定してはいけない。
しかし、製法を盗んだとは? とイアリアは自分の記憶を探る。確かに爆発する小瓶は、イアリアが開発した物だ。だが開発したのは魔法学園での事だし、もっと言うなら師匠である「
それに製法を盗んだも何も、それに対する罰など存在しない。盗まれる方が悪いのだ。だからこそ魔薬師には、一子相伝で口頭のみ伝承される「秘薬」が存在する、と、言われている。
「製法を盗んだ、ねぇ。で?」
「……は?」
「私は魔薬師よ。色々な文献を読んだし色々話を聞いたわ。その中にあれの製法もあったというだけ。その、最初だけはまあまあ似ている名前のお嬢様とは会った事も無いわよ?」
「貴様! 平民の癖に、貴族のレシピを盗んだのだぞ!?」
「盗まれる方が悪いんじゃない? それに、私は人づてに聞いただけであって、その……お嬢様どころか、貴族との接点は無いわよ」
イアリアからすれば、こいつは何を言っているんだろう、だ。そう。確かに平民が貴族から盗みを働いたとするなら、大変な重罪だ。しかしそれは、形あるものに限られる。そう、国の法で定められている。
何故なら、冤罪を被せ放題になるからだ。貴族と平民の接触を完全に断つのは不可能だし、ただの平民でも貴族のふるまいを見て聞いて覚えて真似する、という場合もある。
だから、魔薬のレシピを盗んだ、と言われても、「冒険者アリア」が魔薬のレシピを盗んだ、という物的証拠がない限りは、ただの言い掛かりなのだ。それに実際、盗んだわけではない。何故なら自分で作った物なのだから。
「えぇい、やかましい! 口答えするな! お前を捕まえて強制連行する許可は出ているんだ!」
「一体誰からよ。そんな無法がまかり通る訳がないでしょう」
「サルタマレンダ伯爵に決まっているだろう! 領地では領主の判断こそが法だ!」
「はぁ?」
イアリアはここで再度記憶を探る。具体的には、ハイノ村の近くに強制転移させられてから、最初に人目がある場所で爆発する小瓶を使ったのはいつだったか、と。
そもそもイアリアは、魔薬師と名乗っている。ハイノ村では到着してすぐ集団避難の護衛をしたし、滞在時間はほぼゼロだ。そしてグゼフィン村についてからは、それこそ昨日の戦闘まで、魔薬師として活動していた。
だから、イアリアが爆発する小瓶を使ったのは、昨日の午後が最初の筈だ。そしてサルタマレンダ伯爵は普段、現在の国境にある城塞都市にいる筈で、どう頑張っても連絡が間に合う訳がない。
「おいイエンス、どういう事だ!? 貴様の婚約者なんだろう!?」
「う、え、あー……」
等と考えていたのだが……ここで、そんな声が聞こえた。
「貴様が非常用の連絡機を使ったから、それもサルタマレンダ伯爵令嬢が開発した魔薬を使う魔薬師がいると! だからこそ伯爵に許可を得て飛んできたというのに! なんだあの態度は!?」
「いや、俺、そこまで言ってない、んだけど……」
「何を日和っている!! サルタマレンダ伯爵に逆らうものに情けでもかけているのか!?」
「ちが、えー……」
なるほど。と、音もなく納得したイアリアは。
そこで、窓の端からこっちを覗き込んでいる冒険者ギルドのギルド職員の方を振り返った。
「……ちなみに、お心当たりは?」
「冤罪で事実無根よ。レシピ盗難も、婚約者も」
「ですよね」
そう答えた事で、ギルド職員は姿を消す。
当たり前だが、冒険者ギルドは「自由」のみを冠として掲げる組織だ。貴族であろうが領主であろうが、有能な冒険者をみすみす引き渡すことはない。そしてイアリアは、絶対にどう頑張っても圧倒的に有能だった。
つまりは、そういう事だ。
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