第21話 宝石は対策する

 イアリアがその場、オルトロスが出てきて戦闘になっている場所へ辿り着いた時には、既に何人もの冒険者が体に火のついた状態で転がっていた。体の端についたとしても魔法の火は消えず、周囲を濡らせば多少は熱と燃え広がる速さがマシになる程度だ。

 現実の上書き。それが魔法である。絶対に燃やす、という状態で上書きされるのだから、たとえ泥に埋めたとしても消えないのだ。もちろんそこまですれば、発生する熱は抑え込める為、だいぶマシになるのだが。

 地上では回避に優れた冒険者がオルトロスの注意を引き、防壁の上から弓矢が絶え間なく撃たれている。どうやらそれなりに当たっているらしく、オルトロスの2色ある毛皮、ちょうど半分に分けるような形の灰色と黒色は、夜闇の中でも分かる程の血に塗れていた。


「おっ、遅かったじゃねぇの宝石付きサマ。もう終わるぜ?」

「仕方ないでしょう。準備に時間がかかったのよ」

「準備ぃ? あの火を消せるとかか?」

「いいえ。むしろ逆。――盛大に、燃やすのよ」


 地上で気を引きながら遠距離攻撃で傷をつける。オルトロスは口から魔法の炎を吐くが、遠距離攻撃は持ちえない。元が狼なのだ。傷をつければ血が流れるし、血を流し過ぎれば命に届く。

 だからこうやって削るのが結局一番早い。もちろん、魔物の首を一刀で落とせるような強者がいれば話は別だが、魔法使いを除けば、上から数えた方が早いような人間がこんな田舎に都合よくいる訳もない。

 だからこの戦法を取ったのは合理であり当然。それ自体はイアリアも納得しかないし否定する気は微塵もない。……の、だが。


「オルトロスの相手はほどほどにしつつ、戦えない怪我人を下げて。特に体に火のついた冒険者を優先的に」

「そんな余裕がどこにあるってんだよ!」

「いいからやって。あのオルトロスは合成種なのよ? 元はただの狼で恐らくこの辺にいた個体。そして山賊は火薬を多用しているのよ? 後は察しなさい」

「いや分からんが!?」

「いやまて宝石付き、お前今構えたそれまさか……っ!?」


 当然、防壁の上にいる遠距離攻撃担当の冒険者が主力である以上、攻撃手段を持つ人間は全員こちらに集まっている。だからこそ灯りの中で遅れてやってきたイアリアには注目が集まっていたし、イアリアもそれを分かって説明的な言葉を口に出していた。

 ただそれをやりながらも、自作の機構式スリングショット、或いは、超小型のカタパルト。ハンドルを回して弦を引き絞った場所に乗せたものを見て、構える間に声が出る。

 それは、冒険者ならば必ず見たことがあるものだった。何なら今も持っているだろう。何故ならそれはありふれた、どこにでもある――油の瓶だったのだから。


「オルトロス相手に油撃ち込むとか正気か!?」

「おい止めろ、いや待て触らねぇ! 触らねぇから止めろ!」

「説明! 説明を頼む! 魔薬師なら分かっても、俺らには学がねぇんだよ!」


 ぎゃああああ、と大慌てで周囲の冒険者がイアリアを止めにかかる。それに対してイアリアは小さく舌打ちをして、一旦武器を降ろした。その間も、オルトロスへの攻撃を基本的に止めていないのは流石と言えるだろうが。

 ごうっ! と空気が燃える音と共に、大きな炎の塊が地上に現れる。オルトロスが炎を吐いたのだろう。イアリアは改めて周りの冒険者を見て、何人か減っているのを確認して、口を開いた。


「オルトロスの元は狼。これはいいわね? そして狼は大体の場合群れを成している。これもいいわね?」

「お、おう」

「で。ここまで野生動物を嗾けてきた事から、この辺にいる動物をある程度操れるのも確定。だからあのオルトロスの元になった狼は、この辺にいた狼よ。ついてきてる?」

「おう。流石にそんぐらいはな」


 説明を、と言われたので。と言わんばかりにまず前提条件の確認から始めるイアリア。なお、その間もマントの下……に身に着けている、内部空間拡張能力付きの鞄ことマジックバッグから、どんどん油の瓶を取り出して傍らに並べているが。


「じゃあ、その元になった狼の群れだった狼は、どうなったかしら」

「? ……そりゃあ、逃げたんじゃ?」

「いや、わざわざオルトロスにしたんなら、捕まえるんじゃね?」

「狼の群れって割とお互いを守ろうとするからな……」


 どうやら怪我が増えて命の危機を覚えたらしく、オルトロスは連続して炎を吐いている。この間は遠距離攻撃をすると炎が広がるので、冒険者たちも話を聞く事が出来るようだ。


「そうね。捕まえると思うわ。むしろ群れごと捕まえて、その中からオルトロスにする奴を選んだって言った方が正しいと思うの」

「なるほど」

「それはそうか」

「ここまでにも狼は嗾けられていたけど、それで群れ2つ分に届くほどの数だったかしら?」

「まぁ群れ丸ごとかってーと……」

「たぶんいってないな」

「そうよね。つまりは数が足りないわ。そして、山賊はここまで散々火薬を使ってくれたわよね? それも随分と質の良いものを、これでもかってぐらいに」

「まぁそれは……」


 と、ここでオルトロスの悲鳴が響く。どうやら炎を吐く間に、地上にいる組が痛打を入れたらしい。何かに気付きかけた冒険者たちは、攻撃に戻る。

 だが、考えてない訳では無かったのだろう。その内の1人が、攻撃しながら目を見開いた。


「あ……っ!? そうか、狼で群れなら、もしあのオルトロスを追い詰めたら、助ける為に出てくるって事か!?」

「なっ!? いや合成種、そうか! それで群れ2つ分か!」

「おいどうすんだ、いや負傷者はもう下げてっけど間に合うか!?」

「間に合わせろ! 攻撃で援護だ! 回収してる奴らはいるんだから!」


 1人気付けば連鎖的に理解が広がる。それを見ながら、イアリアは改めて構えて狙いを定めた。油の瓶をセットしたまま。


「だから、盛大に燃やすのよ。突っ込んでくる狼の群れ、それも間違いなく「火薬付き」の奴を通さない為に」


 狙いは、戦いが起こっている場所に程近い防壁からやや離れた場所だ。イアリアはここに来るまでに、同じようにして、ぐるりと防壁を囲む形で、油を撒いてきていた。

 既に体に火がついてしまった人間の撤退は確認している。だから後は地上でオルトロスと対峙している冒険者が下がれば、火をつけるだけでいい。


「……まぁ、魔法の炎ではないから、炎の壁に突っ込んでも水を被ればいいだけなのだし」

「容赦ねぇな!?」

「おいおいおいこれが宝石付きかよ……ヤベェ」

「ちょ、俺先に井戸から水持ってきとく!」


 なんか若干冒険者側から畏怖するような声が聞こえたが、もちろん、イアリアが気にする事はない。

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