第20話 宝石は引っかかる

 もちろん、今回の山賊――その核に「元魔法使い」とその家族がいる、というのは、イアリアの推測でしかない。どこか未発見の遺跡があって、そこにより火力の高い火薬と、そのレシピが揃っていただけかもしれない。

 第一、ここまでいくつの村とそこに住んでいた人々が犠牲になった事か。大元がどうであれ、どんな事情があれ、情状酌量がきく範囲はとっくに越えている。容赦する必要も理由も、無い。

 食うに困ったからと言って、他人の物を奪ってはいけないのだ。人間としてその尊厳を守ってほしいのであれば、まず他人の尊厳を守らなければならない。それを踏み躙ったのだから、同様に己が踏み躙られるのは、覚悟していなければならない。


「――正しく誠実に生きている人が、一番正しくって守られるのよ。当たり前のことだわ」


 もちろんそれはきれいごとだ。机上の空論であり、理想論。そうはなっていないから、今もイアリアは名目上の実家から逃げ続けているし、こうして戦えるだけの物資と力を蓄えた。

 それでも、それを踏み躙るのは、そうあってほしいという願いを踏み躙るという事だ。きれいごとで存在しないからこそ、それを守ろうと、実現しようとする努力と願いを無に帰す訳にはいかないし、帰されてたまるかと意地を張る理由になる。

 ただ。


「――魔物だ! オルトロスだっ!! 戦える奴は集まってくれ!!」


 それが通るのであれば。意地で世界が変えられるのであれば。とっくにイアリアは、名目上の実家であるサルタマレンダ伯爵家と縁を切るぐらいは出来ている。


「オルトロスだぁ!? こんな田舎に何でいんだよそんな奴が!!」

「知るか!? ただ毛色が2つあるから変異種か合成種だ、本当に遺跡があったとかじゃねぇの!?」

「オルトロスなら火を吐く魔法を使う筈だ! 食らうと骨まで炭にされるぞ!」


 ばたばたと冒険者が声を掛け合いつつ移動していく。オルトロスは、双頭の狼だ。大きさは牛ほどもあり、炎を吐く固有魔法を持っていて、この炎は水をかけても消える事はない。消火の魔法が必要だが、魔法使いは須らく貴族で国に召し上げられる。

 よってとれる対策は、回避するか何かを盾にするしかない。幸いというべきか、着火した相手が燃え尽きる前に倒すことが出来れば炎も消える事だ。なのでオルトロスと戦う場合、速攻で最大火力を叩き込む短期決戦に持ち込むのが最適解となる。

 だからこそ最初に声を上げた誰かはすぐ周囲に伝えたのだろうし、それを聞いた冒険者も急いで集まって行っているのだ。万が一、ここグゼフィン村を守る防壁に着火しようものなら、広い範囲が畑になっているとはいえ、内部が蒸し焼きになってしまう。


「……。今、このタイミングで?」


 だからイアリアも動こうとした、のだが。通常、オルトロスというのは普通の狼が変異を起こし、頭を増やしたか、双子だった狼が生まれる時に体を1つにしてしまった個体だ。

 それ故に、毛色は1色となる。もちろん三毛の猫などのように毛色が複数ある個体もいるし、毛色の変化を含む何かがあった、変異種という個体である可能性は高い。冒険者たちも、その可能性には行きあたっていた。

 では。もう1つ上がっていた、合成種というものは。これは、狼を「人工的に合成して」作り出された、いわばキメラと呼ばれる魔物の1種だ。厳密に言えばオルトロスではないのだが、見た目と固有魔法は変わらないので、同じ魔物として扱われている。


「いえ。いえ、そうね。野生動物を嗾ける事が出来たのだから。動物や魔物に対する何かの手段がある筈……そしてその中に、魔道具か遺跡って手段が入っていれば……」


 実は、魔物を合成する設備というのは、割と見つかりやすい類のものだったりする。遺跡になっている文明では一般的だったのだろうと言われているぐらいだ。もっとも魔物の合成は大体の場合暴走と凶悪化が伴うので、見つかり次第壊される事になっているが。

 ただ、見つかる率が高い設備だ。魔道具による模倣も進んでいて、主に犯罪者によく出回っている。と、いう噂がまことしやかに囁かれている。実際どうなのかは分からないが、犯罪者の切り札がキメラである、というのはよくある事だ。……と、イアリアは魔法学園で学んだ。

 まぁつまり、今回のオルトロスもそういう、合成によって生み出された魔物である可能性が高い。狼が2体いればいいのだから、比較的作り出すのは容易だろう。


「作る事は出来る。でも、どうせ作るならもっと強いやつでも良かった筈。オルトロスしか作れなかったという事ではないのだから、わざわざ狙って作ったって事、よね……?」


 では。

 オルトロスを作り出す、その、メリットもしくは理由とは?

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