地下迷宮と宝石

第1話 宝石は抵抗する

 この世界には、魔法と言う不思議と、その源となる魔力と言う力がある。

 いつから存在しているのか不明なこの魔力と言うものは、命の有る無しに関わらず、あらゆるものを変質させる事がある。

 そしてその内の1つに、生まれつき魔力を宿して生まれ、魔法と言う不思議を扱える人間、というものがあった。



 その魔力を宿して魔法を使う人間、というのは、大きく2つに分かれていた。

 1つは魔法使い。宿して生まれてきた魔力の分だけ、世界を自分の石で上書きする事が出来る人間。

 そしてもう1つは、魔石生み。その魔力は石の形を取って固まる為、そのままの状態で世界を上書きする事は出来ない。



 そしてその石の形に固まった魔力――魔石を使えば魔力の有無に関わらず誰でも、魔石がある限りいくらでも、魔石に込められた魔力の分だけ世界を上書き出来る。

 よって、魔法使いは国の武器あるいは盾として召し上げられることが多く、魔石生みは人間どころか生き物ですらない「資源」として扱われる事がほとんどだった。

 両者の魔力に、これといった違いは無い。多くの人間が研究しているが、その性質の違いは不明なままだ。今のところ分かっているのは、魔石生みの魔力は例外なく魔石へと変じる為、世界を上書きすることは出来ない事。及び、保持する魔力の多寡に関わらず、魔石生みが魔法使いになる事は無い事。



 及び。

 極稀にだが……魔法使いが魔石生みに、変じる事だ。




 ここエルリスト王国において、北西に存在するサルタマレンダ伯爵領。その南寄りの地域に、グゼフィン村という集落があった。村と呼ばれていて規模も相応なのだが、最大の特徴は元国境の城塞都市だった跡地を利用し、周辺の村落におけるまとめ役、兼、避難所となっている。

 冬が開けたばかりの時期に、このグゼフィン村へ周辺の村人が全員避難してきた。何故ならこの地方は冬の間、非常に大規模な山賊被害に悩まされていたからだ。

 襲うべき対象を、防御が簡単な場所に集める事で手を出さざるを得ないように仕向け、討伐する。そのつもりで冒険者ギルドグゼフィン村支部とグゼフィン村は協力し、実際それはほぼ上手くいった。


「っ――!」


 そして最大の襲撃を乗り越え、山賊の根城を逆強襲しにいったタイミングで、招かれざる客がグゼフィン村にやってきた。サルタマレンダ伯爵領における領軍の鎧を纏ったその男は、何とある冒険者の捕縛許可を持ってきたというのだ。

 その冒険者は、アリアという冒険者である。常に雨の日用の分厚いマントに身を包み、フードをしっかり下ろすという非常に怪しい風体をしているが、それ以上に優秀な魔薬師だ。

 なおその正体は、イアリア・テレーザ・サルタマレンダ。本来であればまさしくこの伯爵領のご令嬢である筈の農村出身な元平民。濃い焦げ茶色のくせっ毛をフードに押し込め、フードの影の下に隠した大きく美しい翠の目をした、冒険者ギルドには2つ下に年齢を誤魔化している18歳冬生まれである。


「――二度目ならっ!」


 更に言えば魔石生みへと変じた元魔法使いであり、魔石生みに変わったその日に魔法使いを育成する為の学園から逃亡、一度は諸事情で学園に戻ったものの、現在進行形で名目上の実家及び世間一般で言う名声から逃げ続けている、逃亡者でもある。

 なお実際のところ、その捕縛許可というのは単なる招待状であり。優秀な魔薬師と聞いたサルタマレンダ伯爵からのヘッドハンティングだった訳だが、もちろんイアリアは拒否。そして優秀な魔薬師を手放したくない冒険者ギルドも賛同した。

 だがここで、招待状を捕縛許可と認識し、1人違う認識をしていた男が。突然保持していなかった筈の魔力を暴走させた。荒れ狂う魔力によって周囲が吹き飛ばされ、空間が歪み


「干渉ぐらい、出来るわよっ!!」


 だが。イアリアは魔法学園で正式な指導と学習を受けた元魔法使いだ。その魔力の感知能力は据え置きであるし、魔石の形をとるとはいえ、魔力を放出する事も可能である。

 そして何より、イアリアは魔力暴走による空間転移は2度目・・・だった。だからこそ即座にありったけの魔力を、その暴走魔力にぶつけて、まずはその転移距離を短くしようと干渉。

 魔石の形をとるとはいえ、魔力は魔力だ。イアリアの想定通り、その転移座標はさらに歪んで別のものに書き換わり――


「……本当は、転移そのものを阻止したかったのだけど」


 ――気が付けばイアリアは、薄暗い、洞窟の中のような場所に立っていた。

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